楽園の地図116号 東欧、後編・またはバルカン編
The Triumphal Arch, Bucharest, Romania
もくじ
はじめに
今週の楽園 東欧・南部(バルカン)
楽園エリア1 スロベニア・クロアチア
・世界で最も悲しい場所と、世界で最も能天気な場(リュブリナ&ズルツェビーチ/クロアチア)
・スラヴォイ・ジジェクは、「欲望は借り物」と言った(リュブリャナ/スロベニア)
楽園エリア2 セルビア、モンテネグロ、ボスニア、コソボ、マケドニア、アルバニア
・ヨーロッパで最も謎めいていて、バルカンで最も音楽な街、ベオグラード(セルビア)
・クストリッツァの映画と、ゴラン・ブレゴヴィッチの音楽(サラエボ/ユーゴスラビア)
楽園エリア3 ルーマニア・ブルガリア
・毎日食べても飽きない料理サルマーレと、発酵キャベツを巡る話(ルーマニア)
・歌手Alexandraは言った「でも、それは私じゃない」(コンスタンツァ/ルーマニア)
おわりに
はじめに
肋骨&頭強打事件から約10日過ぎまして、少しずつ肉体も回復してきました。最近食欲がすごいので、自分の肉体が治そうというフェーズに入ったのだと思います。
今週水曜日には、原宿にある昔からお世話になってる施術、Magfixさんというところに行きました。ここは非常に説明が難しいのですが、簡単に言えば、マグネット(磁石)の力を使った新しい整体方法で、磁石を使って筋肉の癒着をはがして、肉体を整える方法です。今は電話予約等でも施術は受けられますが、凄腕の先生の施術は知人の紹介のほうが予約が取りやすいと思いますので、長年の身体の不調がある方は紹介しますのでもし気になった方はご連絡ください。
怪我をする前から予約していた私は、「すみませんー、怪我しちゃったので通院が難しいかもですー」と話したところ、通常のお客さんなら断りますが、骨に支障がないなら施術を受けた方が治りが早いですよ、という言葉を信じて施術を受けたところ、それまで少しずつ回復に向かっていた肉体が一気に治りました。施術中はめちゃくちゃ痛かったけど。
私は今年、2年半暮らした沖縄から再び東京に拠点を移しました。拠点選びのポイントとしては、結局のところ信頼のおける施術や医療を受けられるというメリットを選んだ気がします。生活費の高低とか、住環境の良さとか、いろいろ気になることはあるんですが、やっぱり最終的な住居の決め手は人間だよなあと思った次第。
ということで、体調も回復気味なので今週は通常更新に戻りまして、先々週行った東欧特集の後編を行いたいと思います。
今週の楽園 東欧(南部、バルカン諸国)
東欧(東ヨーロッパ)にはさまざまな定義がありますが、楽園の地図としては、かつて「鉄のカーテン」と呼ばれる、世界を二分した東西冷戦の東側に位置する国々を東欧と定義しました。つまり、冷戦時社会主義国だった、ソ連以外のヨーロッパ諸国が、東欧に該当する国になります。この国々は、東西冷戦後そろってNATOやEUに加盟を果たし、取り残された地域から現在まで続く経済成長を成し遂げることに成功しました。前々回は、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの4カ国を紹介しましたが、後編では、東欧の南側に位置する10の国々を、3つのエリアに分けて、最新のニュースや、文化的な話題を紹介したいと思います。
楽園エリア1 スロベニア、クロアチア(地図中ピンク)
楽園エリア2 セルビア、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、コソボ、マケドニア、アルバニア(地図中黄緑)
楽園エリア3 ルーマニア、ブルガリア(地図中水色)
(緑=先々週紹介の地域)
これらの国のほとんどは、バルカン半島と呼ばれる地域にあり、エリア1と2の大半は、かつてユーゴスラビアと呼ばれた連邦国家を構成する国々でした。オスマントルコ帝国時代にはトルコに占領されたため、欧州の中にあって、少しだけアジアっぽさを残す不思議な地域です。この地域の不思議さは、特にエリア2の映画や音楽のなかで感じられるかもしれません。一方、エリア1のスロベニア・クロアチアや、エリア3のルーマニア・ブルガリアは現在では、欧州を代表する観光地、ビーチサイドのパーティプレイスになりつつあります。そんな、さまざまな面を持つ東欧の南側の諸国の魅力を紹介したと思います。
楽園エリア1 スロベニア・クロアチア
世界で最も悲しい場所と、世界で最も能天気な場所(リュブリナ&ズルツェビーチ/クロアチア)
スラヴォイ・ジジェクは、「欲望は借り物」と言った(リュブリャナ/スロベニア)
さて、スロベニアとクロアチアは、共にかつてはユーゴスラビア諸国の一員でしたが、ロシアを中心とした東側諸国が崩壊する流れでユーゴスロビアも崩壊に向い、その際に最も早く独立を果たし、いち早く西側諸国を代表するEU、NATOに加わり、経済は急成長。現在は東欧諸国でも成功した国家と位置付けられています。スロベニアの一人当たりGDPは3万4000ドルで、これはいまや日本と同レベル、クロアチアはやや低いですが2万3000ドルと、先進国の入り口に立っている国家と言えそうです。ちょうどソ連からいち早く独立を果たし成功したバルト三国の関係に近いと言えるかもしれません。
さらに、それでもイギリスやドイツなど欧州先進国に住む人からすると物価が安く、かつ気温も高いことから近年は欧州の若い観光客に愛され、夏はどの海岸もクラブミュージックが流れ、パーティプレイスとなっています。特にクロアチアの海岸沿いの都市、ドゥブロブニクやスプリトなどの都市、さらにそこから島に向かったフヴァルなんかが有名です。ま、欧州のパンガン島やセブ島、バハマみたいな場所と言えるでしょう。
◇
さて、クロアチアは私が最も訪れたい場所の一つです。なんたって、この国の海岸には、年中ダンスミュージックが流れて、水着で踊りまくるノー天気な場所があるんですから。でもそれだけじゃないのですよ。静かな観光地として注目を集めているのが、クロアチアの首都・ザグレブにある、「失恋博物館」(Museum of Broken Relationships=直訳すると、失われた関係に関する博物館)です。
失恋博物館(イメージ)
欧州って、なんだか不思議な博物館を作りたがりなんですが、ここもなかなか面白い美術館。世界中、古今東西から集めた、失恋にまつわる展示を行う、という、なんかちょっと面白いかもと思わせてくれるアイデア系博物館です。オフィシャルサイトにある、この美術館の紹介文を紹介しましょう。
Museum of Broken Relationships is a physical and virtual public space created with the sole purpose of treasuring and sharing your heartbreak stories and symbolic possessions. It is a museum about you, about us, about the ways we love and lose.
Museum of Broken Relationshipsオフィシャルサイトより
かなり簡潔な英語なので和訳を載せる必要もないかもしれませんが、一応、Googleさんに和訳してもらった文章を載せますね。
失恋博物館は、あなたの失恋物語と象徴的な所有物を大切にし、共有することを唯一の目的として作られた、物理的かつ仮想的な公共空間です。それは、あなた自身、私たち、そして私たちが愛し、失う方法についての博物館です。
どうでしょう。なかなか面白く、考えさせられそうな展示ですよね。でもまあ、失恋者にとってみりゃ、こんな博物館に展示されたところで、俺の傷なんか癒やされないよってもんでしょうか。いやはや。じゃあ、もうこうなったら、クロアチアの海でパーティですね。
クロアチアには、よく見るとめちゃくちゃたくさんの島が浮かんでいます。特にドゥブロブニクやスプリトの近くには、船で気軽に行けるパーティアイランドがたくさんあります。なかでも最も盛り上がってる島がパグ島。特にZrće Beach(ズルツェ・ビーチ)が最高です。失恋とか失業とか、まあ失ったような人はみんな、以下の動画を見てください、最高でしょ。
こういう映像があれば、正直テキストなんていらないんですよねえ。最高でしょうクロアチアのアイランドホッピング。こういう島がたくさんあるんです。
クロアチアは、世界で最も悲しい場所と、何も考えず能天気に遊べる場所の両面を抱えています。
◇
ではお次はスロベニアを代表する思想家について。みなさんは、スラヴォイ・ジジェク(Slavoj Žižek)をご存知でしょうか。え? 知らないの?? 読者のお前らと来たら、大学出てるクセに(僕のように出てない人もたまにいるか)、日本人の平均より所得高いくせに(これはうちの読者層はほぼそうだと思う)、ジジェクも知らない。まったくけしからんよ。ジジェクはこのおっさんです。
思い切りマウンティングしてやりましたが、とても面白い思想家なのですよ。スロベニア、リュブリャナ出身。前からこの人のことは結構好きでしたが、スロベニア出身とは知らなかった。思想家と聞いて記事を飛ばしたくなったあなた、大丈夫です、簡単に面白がれる人なので。
さて、日本を含む私たちの先進社会は民主主義と資本主義などのイデオロギーとして成り立っています。過去には共産主義とか、いろいろ主義が出てきましたが、とにかく民主主義と資本主義が最高とされてますよね? そんな状況に対して、マルクス主義とラカン派精神分析を経由したジジェクはこう言います。
「イデオロギーは“信じていると自覚されない形”で最も強く働く」
つまりですね、政府がプロパガンダを撒いたりとか、宗教が危ういとかそういう話よりも、私たちの日常・空気・当たり前とされてる価値観こそ、イデオロギーとして強固なものであると。もうちょっとわかりやすくいいましょう。
「努力すれば報われる」
これは、私たち社会が無意識に信じこんでいることです。でも、これこそ、誰かに無意識に注入されたプロパガンダかもしれません。だって、これが正しいなんて、どうして言えるのでしょう? 努力したって報われない人はいるよね?
「好きなことを仕事にしよう」
これだって、私たちはなんだか信じ込まされていますが、でも本当にそうでしょうか。このように、社会ですでに当然として認識されている思想こそ、危険であるとジジェクは問うているのです。おお、なんか面白くなってきたでしょ?
さて、ジジェクは、「マルクス主義」「ラカン派精神分析」「ポップカルチャー分析」の3つを混ぜて、思想の土台にしています。そんな立場から、彼はこう言っています。
「人は、自分が何を欲しいかを知らない」
どうです? ちょっとどきりとしませんか。たとえば高額を払って占いに夢中になったりするのって、まさに、「自分が何を欲しいか知らないから」と言えます。欲望というのは、友人知人や、広告やSNS、マスメディアなどを見て借りてきたものだ、とジジェクはいいます。たとえば、ロレックスの腕時計が欲しいあなた。それって、本当に欲しい? それとも誰かが欲してるものだから? 資本主義はものを売る社会ではなく、欲望を売っているんだ、と看破します。うーん、するどい、そうかもしれない。
きわめつけはこれです。たとえば親や上司、先輩にあれこれ言われてこう返します。
「わかってる、わかってるってば」
そんなあなたを見て、ジジェクはこういいます。
『分かってる。でも続ける』が一番危ない。
つまり、悪いとわかってるのに続けている状態こそ、この世界のシステムを続行しているというのです。たとえばブラック企業が存在して、みんな辞めれば済むのに、やめない人が現れる。そんな人はたいてい、自分がブラック企業に勤めていることを自覚していて、だけど辞めれない人なのです。この状態がシステム(この場合ブラック企業)を持続させる力になっている、と。
ジジェクの本では最も導入となるのは「テロルと戦争: 現実界の砂漠へようこそ」です。これは9.11のテロ事件に衝撃をうけたジジェクが、エッセイに近いような評論をした本なので比較的読みやすいと思います。もう少し、彼の思想の真髄に触れたければ、「イデオロギーの崇高な対象」がいいでしょう。難しいけど、これを読むと世界の認識が変わります。
変わった美術館、とにかく凡庸で楽しいビーチ、そして変わった思想家。スロベニアとクロアチアは、奇人と評される私にぴったりの国かもしれません。今度欧州に行ったら絶対に行きたい。クロアチアとスロベニアより楽園の地図でした!
楽園エリア2 セルビア、モンテネグロ、ボスニア=ヘルツェゴビナ、コソボ、北マケドニア、アルバニア
ヨーロッパで最も謎めいていて、バルカンで最も音楽な街、ベオグラード(セルビア)
刺激的な平和、エミール・クストリッツァの映画と、バルカン音楽の匂い立つ個性、ゴラン・ブレゴヴィッチ(サラエボ/ユーゴスラビア)
さて、この地域は、かつてユーゴスラビアという連邦を構成していた5つの国(ほとんどが内線で疲弊した悲しい過去あり)と、アルバニアという、かつては独裁国で、最近まで欧州最貧国という不名誉な話もあった小さな国たちの集まりです。
先ほど紹介したスロベニアとクロアチアが、ユーゴスラビア解散後すぐに調子を取り戻して、EUやNATOにも参加し経済的に成長を遂げた勝ち組の国なら、ここで取り上げるのは、経済的にはあまり振るわない地域です。EUの構成国の地図を見ると、バルカン半島でちょうどEU未加入の国の集まりがこの6カ国です(参考)。
ここで取り上げる6つの国の一人当たりGDP(購買力平価基準)は、最もうまくいってるモンテネグロ(3万2000ドル前後、アジアで言えばモルディブ、チリなどと同程度)から、最も貧しいコソボ(2万ドル前後、アジアで言えばモンゴルや、欧州で言えばウクライナと同程度)までさまざまですが、どちらにしても近隣国と比べると貧しいといわざるを得ません。それもこれも、ボスニアやセルビアなど、いつも戦争・紛争の舞台となってきたことから。あまにりもいざこざが多いので「ヨーロッパの火薬庫」というニックネームがつけられました。しかし、現在ではそんな不名誉な時期を乗り越え、平和と経済成長に勤しんでいます。この国々すべてが現在はEUの参加を表明しているので、10年経てば経済省今日も豹変するかもしれません。
世界地図を眺めると、ここはイタリア半島の東側に位置し、とても気候がいい場所です。その上、国が豊かではないので滞在費も安く、旅行では穴場と言えるかもしれません。
◇
そんな地域のなかから、まずはセルビアの首都、ベオグラードについて。ベオグラードは、かつてこの地域を束ねたユーゴスラビアの首都であったように、この地域のプライメートシティ(代表的な都市)です。人口は周辺地域もいれるとだいたい170万人程度で、まあそうですね、日本で言えば福岡、同じ欧州で言えばプラハやブダペストに相当する規模です。福岡というとなんか小さめの街を想像しますが、欧州はどちらかと言えば小さな街が多いので、これでもそこそこ規模の大きい地域です。
私は今度東欧に行く機会があればぜひベオグラードに行ってみたいと思います。ベオグラードと言えば、二度の世界大戦でどちらも戦場となり、1999年にはコソボ紛争に巻き込まれ街中がNATO軍の空爆を受けます。コソボ紛争はわずか20数年前の出来事なので覚えている方も多いと思いますが、どちらかと言えば血生臭いイメージのある都市だと思います。
でも、ベオグラードはとても美しい都市でもあります。ローマ帝国時代、オスマン帝国時代、ハプスブルグ家が強かった時代、社会主義の時代、さまざまな時代を経てきたベオグラードは歴史の生き証人という立場かもしれません。社会主義時代は、ブルータリズム建築という独特の建築様式が採用されましたが、社会主義崩壊後も、あえて建物を壊さず、再建しながら使っているため、ヨーロッパのようでヨーロッパでないような、不思議な都市景観を醸し出しています。例えば共産主義的な無骨な二つの建物をつなげてゲート化したウエスタン・シティ・ゲート、香港のモンスターマンションを彷彿とさせる共産主義的団地が並ぶBlock 23地域など、ちょっと退廃的なムード、共産圏的なムードが好きなら気にいるはず。
建築などハード面も楽しいですが、ベオグラードのもっとも大きな魅力はソフト面です。ユニークな文化として、ベオグラードにはkafana文化があります。これは地元でカフェやバーを意味する言葉なのですが、kafanaは私たちの基準で言えば(カフェ+バー+居酒屋+ライブハウス)が一体化したような場所で、食事、音楽、酒、会話が同時に楽しめる場所です。生演奏が味わえるお店では、Tri Šeširaなんかが有名です。
動画、1分26秒ぐらいから実際のお店の雰囲気が味わえますが、ノリがいいのにノスタルジーも感じる、素敵なバルカン音楽をお供に伝統セルビア料理と酒を味わえる名店で、観光の時間がない人でもここにくれば地元の音楽と食事を一挙に味わえる、コスパのいい店です。バルカン音楽、なんか物悲しくて好きなんですよね。ぜひ動画に流れる音楽をみてもらいたいです。この地が戦争の積み重ねにあることなんかも加味すると、なんか泣けてきちゃう感じなんですよ。
一方、Kafana Pavle KORCHAGINというお店は同じく伝統音楽と伝統料理のお店ですが、観光地ではなく、本当の市街地にあって、ガチで地元の人が多いお店です。いやちょっと動画見て雰囲気味わってくださいよ、ヤバいから。1分42秒の動画だから、どうかぜんぶ見て。
どうです? なんか、ヨーロッパか南米のインディーズ映画のダンスシーンにでも紛れ込んだかのような、夢のような素敵な演奏と、演奏に負けず合唱したり踊り出したりするお客さんの個性。あー、早くベオグラードに行きたい。ちなみに、同様のkafana文化は、旧ユーゴ圏全体にありますが、特にベオグラードのkafanaが最も日常的でkafanaの首都とよばれているそうです。
◇
さて、どうしてもヨーロッパは私の好きな映画監督やミュージシャンが多数いて映画や音楽の話題が増えるのですが、この地域について書くなら、映画監督のエミール・クストリッツァのことを書かなくてはなりません。彼はカンヌ映画祭のパルムドールをはじめ、三大映画祭のすべてで受賞経験のある映画監督です。私は彼の、「白猫・黒猫」という映画が好きです。
白猫・黒猫(1998年)
1998年。ということは私は17歳、という書き手の個人史も大事ですが、そうではなく、まさに1999年にベオグラードがNATOによって空爆される前年の年の公開。激動の時代において、でもこれは政治色はいっさい関係ないロマンチックコメディです。ヤクザの妹と結婚させようとする父から逃れるため、恋人と逃走するという話なのです。ここにはセルビアやユーゴスラビアの複雑な政治事情はいっさい関係なく、ただただどたばたしたコメディが展開されますが、終わって見ると、ああ、平和な世の中っていいなと、どんな作品よりも思わせてくれる素敵な作品です。ちょっと他に類を見ない名作だと思うので良ければ見てください。セルビアに行くのは大変ですが、この映画なら、U-NEXTやHuluで簡単に見れますので。
事実上、黒猫・白猫の続編とも捉えられ、予算が増えて派手な戦闘シーンや演奏シーンを加えたとも言えるオン・ザ・ミルキー・ロードも名作。
オン・ザ・ミルキー・ロード(2016年)
まだ公開から10年も経ってない近年の作品なのでこっちの作品のほうが見やすいかもしれません。この作品では、クストリッツァの思想とも言える、戦争に対抗する手段は戦うことではなく、演奏して踊ることと愛し合うことだ、という単純とも言える思想を表したものです。実際、何度も戦争にぶつかってきたセルビア人からすると、これは一つの真実なのでしょう。
さて、これらクストリッツァの映画に唯一無二の個性を与え、先々週紹介したポーランドの戦争映画のような重くシリアスな作品となっていないのは、なんといっても挿入される音楽の魅力でしょう。どことなく忙しなく、踊ることを強要するようなバルカン音楽は、この戦争映画を、単なる戦争映画や、あるいはラブロマンスだけに見せない、不思議な魅力を放っています。
そんなクストリッツァ作品でもお馴染みで、スラブ半島の坂本龍一(勝手に私が言ってる)とも言える音楽家が、Goran Bregović(ゴラン・ブレゴヴィッチ)です。彼はボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの出身の、クロアチア人の母とセルビア人の父の子で、要するにユーゴスラビア人としか言えないような経歴で、ユーゴスラビアで最も有名な音楽家でした。何はともあれ彼の代表曲を聞いてもらいましょう、楽しいから。
Gas Gas/Goran Bregović(live)
どうでしょう、この、クラシックとも、スカのような裏打ちとも、ワールドミュージックとも言えるような、不思議なバルカンミュージックの魅力。中心で椅子に座って歌っているのがブレゴヴィッチです。ときおり会場が映し出されますが、バルカン美人が踊ってるのが見れます。いやー、なんてハッピーなバイブス溢れるライブなんでしょうか。
彼は元々、1970年代にBijelo Dugme(白いボタン)というバンドでビューし、最初はロックを思考していました。が、Đurđevdanという曲で、ロックバンドの枠を超えバルカン民謡を演奏しました。このことがきっかけで、ブレゴヴィッチは、自分の出自であるバルカンの民族音楽に興味を移していきます。その後、クストリッツァの映画の音楽監督として、世界的な知名度を得ていきます。中でも有名なのがこの曲、Kalasnjikov(カラシニコフ)。ロシア製の銃と同じ名前をつけられた曲では、まるで銃線の間で流れるダンスミュージックのような、過激な音楽だと思います。すごくダンサブルなのに、どこか不穏な感じ、戦争の匂いを感じる不思議なバランスの印象的な曲だと思います。
この曲は映画と共に有名となり、世界的な知名度を獲得したあとは、アメリカの有名なロッカー、イギー・ポップとコラボした名曲、In the Death Carを発表します。盟友、クストリッツァの映画の挿入曲でした。
クストリッツァやブレゴヴィッチ、あるいはセルビアのkafana文化に触れると、世界はまだ未知なもの、私が発見しきれてないもので溢れているんじゃないかって、そんな気分にさせてくれます。そんな、セルビアやボスニアを移動するロマのような気分になった楽園の地図が現地よりお届けしました。
楽園エリア3 ルーマニア、ブルガリア
毎日食べても飽きない料理サルマーレと、発酵キャベツを巡る話(ルーマニア)
ヒット歌手Alexandra Stanはこう言った「でも、それは私じゃない」(コンスタンツァ/ルーマニア)
さて、ここからは、EUの辺境、EUやNATOのメンバーでありつつ、どちらかと言えば域内では貧しいエリア。そのため、ルーマニアやブルガリアから、ドイツやオーストリアなど稼げる地域に移住する若者が多く、ルーマニア(参照グラフ)もブルガリアも人口減少の激しい地域です。特にブルガリアにいたっては(参考記事)、2015年から2050年の35年間で、人口が25%、つまり4人に1人がいなくなる、という世界一の速度で人口が少なくなっています。そんな意味でも日本とはなんだか似てるところもある地域です。
でも、ルーマニアもブルガリアも、住むには素晴らしいところで、欧州の中では南に位置している分暖かく、東側の黒海の海岸沿いは、夏にでもなるとヨーロッパ中から観光客がやってくる観光地です。ルーマニア出身で世界的に有名な人物には、ナディア・コマネチ(体操選手、金メダリスト、ビートたけしのギャグ『コマネチ』はコマネチの体操衣装が由来)、ブルガリア出身で日本で知られる人物としては、琴欧洲(力士)がいます。
◇
そんなルーマニア・ブルガリアからは、私がルーマニア滞在中心底愛したグルメ、サルマーレを紹介します。サルマーレとはこんな料理
サルマーレ(ルーマニアの美しい地方都市、ブラショフのレストラン)
(昨今、AI生成画像をよく使ってますが、こちらはリアルで私が体感した料理ですよー!)
サルマーレは、写真の、キャベツで肉や香味野菜を包んだシンプルな料理で、上の料理で言えば、付け合わせのママリガ(右奥のマッシュポテトのような形状のもの、後述)やヨーグルトソースなどと一緒に食べます。これがまあ、美味なんですよ。元々はオスマン帝国時代に生まれた料理で、トルコ語のSarmak(サルマ、包む)に由来する名前。オスマントルコはとても大きな国で、トルコはもちろん、中東の一部、北アフリカ、そして現在の東欧やロシア・ウクライナまで含めた土地でした。ですので、この地域一帯に似た料理は存在します。
ただ、ルーマニア人はこのサルマーレを独自に進化させ、キャベツを発酵させザワークラフト化したキャベツを使うのやや酸味があり(でも最後に加熱するので酸味は和らぎ、さわやかになる)、先ほど紹介したママリガ(とうもろこしをおかゆ状にしたもの。ほんのり甘くてコクがある)やヨーグルトソースで食べる、というのがルーマニアならではです。うまくてヘルシーな気がするのでぜひルーマニアに行った際に食べてほしいです(あるいはバルカン半島、トルコにも類似のメニューあるので食べ比べてください)。ちなみに、発酵キャベツ=ザワークラフトは、日本人にとってはドイツ料理として有名ですが、実はルーマニア人が考えたもの。ドイツのザワークラフトよりもソフト(浅漬け)で、爽やかなのが特徴。キャベツを発酵させるという調理法は、東欧と、そして朝鮮半島(キムチ)にしかありません。なぜこの二つのエリアだけでこの調理法が発達したのか、考えるのも面白いですよね。
ルーマニアのレストランでは、メニューを見ずに、「サルマーレ!」と言うと、店員さんはにこにこしています。こいつ、俺たちの料理、サルマーレが好きなのか、いいやつだな、とでも思ってるのでしょうか。まあ、外国人に納豆巻きくれと言われたらなんか嬉しいですもんね。そんな感覚なのかもしれません。
◇
もう一つもルーマニアの話題。みなさんは、ルーマニアを代表するアーティスト、Alexandra Stan(アレクサンダー・スタン)というアーティストをご存知ですか? コマネチを産んだルーマニアだけあって、なかなか美人のシンガーソングライターさんなのですが(画像検索)。おれ洋楽疎いからそんな言われてもわかんないよー、って方、大丈夫。この曲なら、きっとどこかで聴いたことあるかもしれません。
Mr.Saxobeat/Alexandra Stan(2010年)
この曲とか、ノリがよくて親しみやすくて、まさにユーロビートって感じです。私個人的に思うんですが、現代におけるアメリカの音楽ってカッコ良くなりすぎてると思うんですよね。本来、ポップスというのは、なんというか手の届きやすいところにあるべきで、テイラー・スウィフトなんかはまあまあ庶民派ですが、SZAぐらいになってくると、いいんだけどおしゃれすぎて気軽に聴けないという問題が出てきます(でも、SZAいいけどね)。
そんななか、ユーロビートって、よくも悪くも、アメリカよりほんの少しダサい気がするんですよ。このMr. Saxobeatもそうですが、アメリカのポップス水準を考えると、ほんの少しだけダサくて、でもそこが庶民的で愛しやすいんです。一度聞いたら忘れられないメロディを持ってて、なんと言っても踊りたくなる曲です。地元ルーマニアはもちろん、ドイツ、オーストリア、イタリアで1位、日本でも9位まで上り詰めました。きっとあなたもどこかで聴いたことがあるかもしれません(日本の芸人、天竺鼠のコントとか?)。
このような音楽は、当時ルーマニアでポップコーンサウンドと呼ばれ(ポップコーンのように軽くて聴き出すと止まらないから?)ました。彼女は世界的には、Mr. Sxobeatが知られてる分一発屋感がありますが、その後も、Cherry pop(2014年)などなかなかいい曲をだしていて、私はこっちの方が好きかもしれません。
Cherry pop/Alexandra Stan(2014年)
2014年と言えば、日本ではパフュームやきゃりぃぱみゅぱみゅが流行っていた頃。アレクサンドラは、日本のそういうダンスポップとも親和性があったと思います。この頃(2014年)になると、Mr. Saxobeatの頃のような勢いはなく、母国ルーマニアをのぞくとチャートの上位を取ることは少なくなりましたが、日本では引き続きTOP100には顔を出していて、アレクサンドラは日本のポップスと親和性が高いなと思います。
ルーマニアの港町にして、日夜海辺でパーティが行われるパーティシティのコンスタンツァの、裕福ではない家庭に生まれ、世界的なポップアイコンに上り詰めたアレクサンドラ。そんな彼女は、Mr.Saxobeatsで大ブレイク中でルーマニアを代表するアーティストになっていた2013年に、当時のマネージャー(にして恋人)から、DVを受けていたと公表し、傷の写真をアップし世界に衝撃を与えます。このことはレコード会社など身内には知られていたようですが、当時の職業仲間は仕事に影響が出るからという理由で、公表しないように忠告します。しかし、彼女は公表しました。公表に際し、彼女はのちのインタビューでこんな言葉を残しています。
沈黙していれば、私は“守られた商品”でいられたかもしれない。
でも、それは私じゃない。
この言葉は、日本や東アジアと同様、どちらかと言えば面倒なことに蓋をしがちな社会で生きる女性に対し勇気を与えました。「でも、それは私じゃない」(But that wouldn’t have been me)は、私の大好きな言葉でもあります。例えば、売れてる後輩の仕事内容に嫉妬したりして、私もこんな芸風なら売れるかもしれない、と考えたりするときに、アレクサの声が聞こえます、「でも、それはあなたじゃない」って。
あなたは、あなたの人生を生きてますか? 何かのために、本当の自分をかくして生きてませんか? 東欧・ルーマニアより楽園の地図がお届けしました。
おわりに
助手「ということで、バルカンの10カ国からさまざまな話題が出てますがいかがでしたか、船長」
船長「観光地の紹介あんまりしてないのに、なんかめちゃくちゃバルカン諸国に興味出たよ。スラヴォイ・ジジェクに、失恋博物館に、エミール・クストリッツァ。。。なんか、奇人の多い地域だよね」
助手「船長も奇人だから、バルカン系はなんか波長が合うかもしれませんよ」
船長「あとねえ、スロベニアはトランプ大統領のファーストレディ、メラニア・トランプの出身地でもあるんだよ。トランプ嫌いでも、メラニアが美人だってことは抗えないよね」
助手「うーん、あのトランプと結婚するなんて、さすが奇人の国〜」
船長「いやー、旦那として見ると意外と話が面白いかもよ、トランプという男。性欲も強そうだし」
助手「変な話しないでー。僕は最後のアレクサンドラ・スタンの話が好き。『でも、それは私じゃない』って」
船長「うん、あれは名言。現代は、私じゃない私を演じてる人も多いからな」
助手「彼女の音楽も素晴らしいけど、この言葉もいい言葉ですー」
船長「でも、ジジェクに言わせたら、「私じゃない」と認識してるあなたこそ、あなたじゃないってなるかもよ」
助手「あー。話がこんがらがるー。ジジェクの話やめてー」
船長「じゃあ、哲学や思想なんて忘れてバルカン音楽で踊ろうぜ」
助手「それがいいよ。BGMはMr. Saxobeatで」
2人「いぇーい(ダンス中)」
(つづく)
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