楽園の地図117号 ギリシャ、エーゲ海、キプロス

神殿だけじゃないアテネ/その男ゾルバ/サントリーニと白壁/ハルミチーズ
船長と助手 2025.12.26
誰でも
<a href="https://maps.app.goo.gl/m3szBL4Ru6SWTtSB9" target="_blank">Trevi Fountain,</a> Rome, Italy

Trevi Fountain, Rome, Italy

もくじ

はじめに 今年もお疲れ様でした
今週の楽園 ギリシャ、エーゲ海、キプロス
楽園エリア1 ギリシャ本土(大陸部)
 ・もう歴史だけなんて言わせない! アテネのおしゃれタウン「プラカ」(アテネ/ギリシャ)
 ・「その男ゾルバ」の生き方に、数十年遅れで共感者増加中(ギリシャ)
楽園エリア2 ギリシャの島々
 ・
サントリーニ島の「白壁」の街は世界のなかでどれだけ希少?(サントリーニ島/ギリシャ)
 ・エーゲ海だけじゃない。観光の穴場にして楽園、イオニア諸島の魅力(イオニア諸島/ギリシャ)

楽園エリア3 キプロス
 ・
複雑な国の、不思議な都市「リマソール」の謎(リマソール/キプロス)
 ・ハルミというあたためても溶けない不思議なチーズ(キプロス全域)

おわりに

はじめに

今年もお疲れ様でした

どうやらこれが今年最後の更新だと思います。まだクリスマス気分の方も多いと思われますが、皆様の1年はいかがだったでしょうか? 私も今年はたくさんのことがありました。が、楽園の地図的な話をすると、2回しか旅に出れなかったのはちと残念です。私は旅に出ると1ヶ月単位で家を空けることが多く、2ヶ月ぐらいは外国にいましたが、もう少し海外滞在期間を増やしたいなと思ってます。

楽園の地図は、なんか思わずクリックしてしまうタイトルで釣ったり、バズを意識した刺激的なコンテンツ、というのは意識していません。なるべく、普段通りでいたいと思っています。まさに旅の最中って刺激の連続にあって、そういうときはむしろ、なんでもない食事、なんでもない笑顔、なんでもない出来事にほっこりしたりするんですよね。私は、なんか、皆様にとっての、なんでもない、心休まる場所でありたいと思っています。今年はそれができたかな、できてないような気もします。反省も多いですが、反省点があるからこそ来年もまた頑張れるということもあります。

このマガジンはメールで送られます。これはマガジンの体裁をとっていますが、メッセージでもあります。寒い日が続きますがどうぞご自愛ください。あなたがなんでもない日常を送れるよう、今日もなんでもない記事をお届けします。今週はギリシャ特集(たまにキプロス)。たまには、エーゲ海で海を見ながら日常を忘れたいですよね。その願望、来年は叶えてみませんか。では本編です。

今週の楽園 ギリシャ、エーゲ海、キプロス

今週は、ギリシャ(地図中黄緑色)と、地中海に浮かぶ小国・キプロスを紹介します。ギリシャは、大陸に接続した首都のアテネや、マケドニアなどのある大陸側のギリシャ。そして、ミコノス島、サントリーニ島、クレタ島などの、観光客に大人気の島々に分けて紹介します。

楽園エリア1=アテネ、ギリシャ(大陸側・地図中水色)
楽園エリア2=ミコノス島、サントリーニ島など、ギリシャの島々(地図中黄色)
楽園エリア3=キプロス(地図中ピンク)

キプロスは、地図で見るとトルコの南にあってギリシャから距離があるように思いますが、公用語はギリシャ語で人種もギリシャ人が多く住み、広い意味でギリシャの文化圏です。ですので、ギリシャとキプロスを含めて、ギリシャ文化圏としてここに紹介します。

でも、考えてみれば、西洋・ヨーロッパの文明ってギリシャから始まったんですよね。ということは、ヨーロッパ、欧米はすべてある意味でギリシャの文化圏だとも言えます。そして、我が日本だって、憲法、民主主義、近代科学に株式会社の制度など、西洋の文明を取り入れているので、ギリシャが遠因にあると言えます。いわば、この世界のOSを作った国なのかもしれません。ご存知だと思いますけど、哲学だってオリンピックだって、ギリシャがなければ存在しなかったかもしれないんですからね。

そんな、世界の近代化に関わった重要な国は、一方でエーゲ海に浮かぶ魅力的な島を多数抱える楽園でもあります。今日は、そんなギリシャに酔いしれてください。ではではいってらっしゃい。

楽園エリア1 ギリシャ(大陸部)

もう歴史だけなんて言わせない! アテネのおしゃれタウン「プラカ」(アテネ/ギリシャ)
「その男ゾルバ」の生き方に、数十年遅れで共感者増加中(ギリシャ)

ギリシャ、人口1000万人。温暖な地中海に面した観光立国の一つで、ギリシャで食べられる地中海料理(mediterranean/メディタレイニアン)は今や世界中で、フレンチ、イタリアン、スパニッシュに次ぐ人気となっています。人気の秘密は野菜が多くヘルシーなところ。ヨーロッパではヘルシー思考な人は外食で和食か地中海料理を選ぶ傾向があり、日本人はあまり意識しませんが、実はこの国は食のライバルでもあるんです。

紀元前3000年(つまり今から5000年前)ごろには、現在のクレタ島にミノア文明という文明が始まり、複雑な陶器の作成など、当時としては非常に高度な文明が栄えたことがわかっています。その後、紀元前1750年ごろ(それでもまだ今から3700年前)には現在のギリシャ全域にミケーネ文明が起こり、ギリシャの文化が形作られていきます。紀元前8世紀には、現代のオリンピックのルーツである、古代オリンピックが開催されています。紀元前500年ごろには、演劇、物語、著作などが作られだし、哲学の始祖ソクラテスやプラトンなどもこの頃から活躍を始めていました。ギリシャ人が話すギリシャ語は、ヨーロッパの言語の中でも最も歴史が古く、英語など数々の言語にも、ギリシャ語由来の言葉がたくさん混じっています。特に学問の分野ではこの傾向が高く、哲学(philosophy)はもちろん、数学(mathematics)、民主主義(democracy)、物理学(physics)などの言葉は、すべてギリシャ人が考えた言葉だったのです。なんていうんでしょう、哲学とか民主主義とか、形のない、形而上のものたちに名前を付けて行ったのが、ギリシャ人の凄みだと思います。それだけではありません。劇場(theater)、写真(photography)、映画(cinema)なんかもギリシャ語由来の言葉。エンターテインメントはギリシャから始まったわけですね。

学問と娯楽。つまり、西洋の歴史は、世界の歴史はギリシャから始まったと言っても過言ではありません。

そんな輝かしい歴史を持つギリシャですが、次第に世界の歴史のなかでは傍流となり、主役の座からは降りていきます。第二次世界大戦後は日本と同様高度経済成長を体験しますが、その後1967年にはクーデターが起き、軍事独裁政権が発足。独裁政権はわずか7年で倒れたものの、哲学や演劇という偉大な概念を生み出した国とは思えません。その後は再び成長を遂げ、EUに加盟後は欧州の先進国として安定した成長を再び取り戻しました、と思ったら2010年には財政破綻をして政府が機能不全に陥る、という体たらく。

高い学力を持つ国民が多い福祉国家だけど巨額の財政赤字、少子化と経済不安からの外国への出稼ぎ、脱出者が多く人口減少に悩んでいるところなど、ダメなところが日本にそっくり、という不思議な親近感を覚える国です。

しかし、国連の調査によると2024年の国際的な観光客数としては、ギリシャは世界10位にランクインしています(ちなみにベスト10は、上から、フランス、スペイン、アメリカ、トルコ、イタリア、メキシコ、イギリス、ドイツ、日本、ギリシャ)。他の国がそこそこ人口大国であることを考えると、人口わずか1000万人のギリシャがベスト10に入るのは快挙ではないでしょうか。

ギリシャ政府も観光に力を入れていて、首都アテネは今、観光的に面白い都市に変わっています。もともと空港があった場所の跡地にThe Ellinikon Experience Parkという巨大公園が登場し、現在はまだ近代的な緑地、遊歩道、ランニングコースがあるのみですが、今後はヨットが停泊できるマリーナ、ビーチクラブ、カフェ、レストラン、巨大なイベントスペース、そしてカジノなどを整備する予定です。アテネの観光といえばパルテノン神殿、アクロポリス、あるいは国立考古学博物館など、失礼ながら埃をかぶったような古い観光地が多い印象ですが、アクロポリスの丘の下にあるプラカは、夜遅くまでおしゃれなバルやタベルナが多数開いていて、夜空にライトアップされた神殿を眺めながら観光できるなかなか乙な場所です。

プラカがおしゃれなのは、ちょうどアクロポリスに向かって坂になっていて、高低差のある空間におしゃれな店がたくさんあるところなんですよね。パリのモンマルトルの丘、あるいは香港の蘭桂坊のような雰囲気が味わえます。例えば、The Mnisikleous Stairsは、丘に向かっていく階段なのですが、階段の近辺におしゃれな店があって、散歩の一休みって感じで階段に迫り出したテラス席でいっぱい飲める素敵な場所なんですよ。もちろんこういうおしゃれシティにつきもののブックカフェもあります。Little Tree Books & Coffeeは、まさに哲学の都アテネにふさわしい、物思いに耽ったり、原稿用紙や便箋を片手に何か執筆するには素晴らしい場所。ここはメインの観光通りの裏手にあって、地元の若い人が多く訪れます。何か地元の最高のプロダクトを持ち帰りたいということであれば、老舗のレザーサンダル屋さんMelissinos Art -The Poet Sandal Makerはいかがでしょうか。ジョン・レノンや英国王室がギリシャを訪れた際に買ったとも言われる大名店で、サイズを伝えれば最適な皮のサンダルを選んでくれたり、あるいはオーダーメイドもしてくれます。リペアして履き続けるというのがここの主人の思想らしく、一度買った商品を持ち込めば何度もリペアしてくれるのだとか。ここでサンダルを買って、壊れるたびにふらっとギリシャに寄るなんておしゃれな生き方も可能ですよ!

プラカの街並み(AI生成)

プラカの街並み(AI生成)

つづいての話題。「その男、ゾルバ」について。1964年公開の古い映画なんですが、公開から60年経った今も、ファンが多い名作です。映画好きの人にとっては、ギリシャといえばゾルバという方も多いでしょう。

この映画はもともとギリシャ人作家の同名小説が原作です。主役は実はイギリス人で、彼は英国の知識人ですが、親から引き継いだ遺産の鉱山を訪ね、ギリシャの地にやってきます。彼は現代風にいえば、自分探しの旅に出かけたわけですね。そこに登場したのがギリシャ人のゾルバ。仕事もそこそこに恋に明け暮れるがとてもいいやつで、主人公はゾルバと一緒に事業を起こすことを計画するのでした。

ゾルバはアイディアマンで、森から伐採した木材を滑り下ろすケーブルを考案し実現しようとしますが、竣工式で倒壊してしまいます。恋も事業もうまくいかないゾルバ。だけど彼は、うまくいかなくなったらダンスを踊り、そしてすべてを忘れてしまうのでした。そんな生き方がなぜか共感を呼び、公開直後はアカデミー賞の受賞も(まるで劇中のゾルバのように)逃しましたが、なぜか公開から時間が経つたびにじわじわとファンが増え、現在は完全に名映画と区分されるようになりました。

特に有名なラストシーン。恋も仕事も、物事がすべてうまく行かず、失敗を忘れるため浜辺でダンスを踊るゾルバ。そんなゾルバは最後にこう言います。

失敗した? だからなんだ。生きてるじゃないか。
「その男ゾルバ」より

ゾルバの存在は、地中海に生きる人間のおおらかさ、人生を考えるよりも味わうことに意識を向ける生き方を示しています。それはどんどん合理主義が加速する現代において、より輝きを増すのかしれません。私も何があってもゾルバのように強く生きたいものです。ギリシャにお越しの際は神殿など大文字の文化に触れるだけでなく、ゾルバのようなギリシャ人らしい人生観をぜひ探してみてください。以上、ギリシャの大陸側より楽園の地図がお届けしました。

楽園エリア2 ギリシャの島々

サントリーニ島の「白壁」の街は世界のなかでどれだけ希少?(サントリーニ島/ギリシャ)
エーゲ海だけじゃない。観光の穴場にして楽園、イオニア諸島の魅力(イオニア諸島/ギリシャ)

世界には様々な美しい場所がありますが、エーゲ海に浮かぶギリシャの島々ほどの場所は、世界を探してもそう多くはありません。たとえば新婚旅行があって、ギリシャに行ったと聞いたら、なかなかセンスあるカップルだなと私は思います。一泊10万円を越える宿も多いため、なんというか特別なときにしか行けないムードがありますよね。ちまみに、ギリシャには6,000以上の島があると言われ、そのうちだいたい200島が人が暮らす有人島。観光の一番人気はイビサに続く欧州のパーティアイランドとなっているミコノス島、そして私が大好きな、上のイラストでピンとくる方も多いと思いますが、白い家と青い屋根が尾根に並ぶ景観に、遠くに日没が見えるサントリーニ島。この二つが突出していますが、一方で観光客が多すぎて観光被害のような状況も伝えられています。そこで、中世の街並みがいまだに残ることで人気のロードス島、今まで国際線などがフライトできない小さな飛行場しかなかったことなのであまり観光地化されてなかったのが、空港が改善されて観光的に注目を集めるパロス島など様々な魅力的な島があります。

さて、私が憧れて、いつか行きたいサントリーニ島。

サントリーニ島のマジックアワー(イメージ、AI作成)

サントリーニ島のマジックアワー(イメージ、AI作成)

何が美しいって、やっぱり尾根に宅地が広がる地形的な魅力(ゆえに大迫力で日没が見える)、小さな島ゆえの道路の少なさ、狭さ、そしてサントリーニ島を特徴づけているのは、この、徹底的な白壁の家だと思うんですよね。でも、思ったんです。斜面に小さな街があるような場所でいえばイタリアのアマルフィとかもそれに当てはまるんですが、ここは白い家で統一されていません。淡い黄土色やピンクの壁があって、パステルカラーの印象です。フランスのニースやモナコなんかも同様ですが、サントリーニ島ほどは白で統一されていません。でも、どれもが地中海沿いの都市で、似たような文化を持っていたはずです。サントリーニのような白壁の街はあるのか。調べてみました。

まず、サントリーニのような白壁の文化があるのは、ギリシャでもキクラデス諸島と呼ばれる地域だけのようです。そのほかスペイン南部のプエブロ・ブランコ、モロッコのテトゥアンなどありますが、私がみた限りでは。それでもサントリーニの美しさに比べると少し劣るように思います。キクラデス諸島のなかでも白壁文化には差があり、ミコノス島なんかは、白を基調にしながらやや装飾を加えていて(参考リンク)、サントリーニと並ぶところではパロス島が最も白壁で統一されている印象です(参考リンク)。ただ、パロス島の場合、平野部に白い家が並ぶため、サントリーニ島の景観の魅力とはやはり異なります。

それにしても、なぜサントリーニ島やその他キクラデス諸島の島々、そしてモロッコやスペインの一部地域は白壁なんでしょうか。ちょっとこちらも調べてみました。まず、太陽が強く、直射日光を長い時間浴びて暑くなりがちな地中海では、白い色は太陽光を反射することから少しでも部屋が涼しくなったわけですね(逆に黒い壁にすると暑い)。なるほど。これで、南欧(アマルフィやモナコなども)にパステルカラーが多い理由もわかります。みんな太陽光を跳ね返すための壁だったようです。さらにサントリーニ島は火山があるのですが、火山灰で石灰を作ったため、白い家だけなったそうです。ふむふむなるほど。ちなみに石灰成分は強力なアルカリ性で、疫病が流行った時代には殺菌効果があるとして評判になりました。こうして壁が白い=清潔というイメージもあったそうです。現在は、サントリーニ島の景観を守るため、政府が壁の色を規制している状態で、島の人々の努力のおかげでこの美しい景観は維持されているわけですね。以上、サントリーニ島の白壁の話題でした。

さて、ギリシャの島といえば、やはりミコノス島やサントリーニ島がある、エーゲ海の島々です。しかし、ギリシャの地図を見ると、意外な場所にも島が点在していることがわかります。それがイオニア諸島。中心となる島はケルキラ島(コルフ島とも呼ばれる)で、ギリシャに西北端(ケルキラ島Google Map)、西にイタリア半島のかかと、北はアルバニア、そしてイオニア海という海に囲まれた島です。エーゲ海だけじゃなくこっちにも島があったんですね。

イオニア諸島の魅力。それはなんといっても、エーゲ海よりも美しいターコイズカラーの海(沖縄やタイの海に似ている)、そして観光客がエーゲ海より少ないため、誰もいない秘境ビーチがたくさんあることです。

イオニア諸島の魅力的な秘境ビーチ

イオニア諸島の魅力的な秘境ビーチ

このような美しいビーチだけではありません。ケルキラ島は風の谷のナウシカのモデルになった街と言われ、旧市街はまるでイタリアの街並みのようなきれいな石畳です。

ケルキラ島旧市街(イメージ)

ケルキラ島旧市街(イメージ)

私はただ絶景を見られるだけでは飽き足らず、そこに何かしら文化の香りや、現在の各地域の若者の生活を感じたいと思っていて、ケルキラ島は美しさと生活・文化の香りがちょうどいい具合に配合されている感じがします。

さて、ケルキラ島を歩いていると、まるでイタリア、それも水の都、ヴェネツィアを歩いているような気分になります。それもそのはず、この島はかつて、ヴェネツィア時代はヴェネツィアの領土だったのです。かつてのイタリア領土を彷彿とさせるようにイタリア料理・特に肉料理の伝統がこの島には息づいていて、牛肉をスパイシーなトマトソースで煮込んだパステッツァーダなどの料理が味わえます。あー、世界には様々な料理がありますが、やっぱイタリア料理の魅力にはなかなか勝てないですよね。

どうです、ギリシャの島々。エーゲ海もイオニア海も捨てづらいですよね。ぜひ、2週間ほど休みをとってアイランドホッピングしてみるのも悪くないのではないでしょうか? 以上、地中海に浮かぶ美しいギリシャの島々より楽園の地図がお届けしました。

楽園エリア3 キプロス

複雑な国の、不思議な都市「リマソール」の謎(リマソール/キプロス)
ハルミというあたためても溶けない不思議なチーズ(キプロス全域)

さてキプロスです。キプロスって、あんまり日本人に馴染みの低い国ですよね。もしもある日突然、街で「キプロスから来ました!」って留学生にあったら、何か話題は思いつきますか? 未来は何があるかわかりません。さっそくキプロスのことも勉強しましょう。

まず、Google Map等でキプロスを見ていただくと気づくことがあると思います。え、なんか島の中に複雑な国境線があるんだけどこれ何? そうなんです。実はキプロスというのは、南北で二つの国家に分かれています。国際上はこのキプロス島はまとめてキプロスという一つの国の領土とされていますが、事実上は南北の2つに分かれています。通常、「キプロス」とは南側の領土を指していて、この地域はギリシャ系住民が多く住み、ギリシャ語を話し、キリスト教を信仰して、EUにも加盟していて通貨はユーロです。つまり、この国は南側だけを見ると、ギリシャとそっくりです。一方、北側の37%の領土はトルコ系の住民が支配していて、「北キプロス」と呼ばれています。北キプロスはトルコ系住民が多く暮らし、トルコ語を話し、イスラム教を信仰し、トルコリラが公用通貨です。つまり、キプロスとは、北側はトルコそのもの、南側がギリシャそのものなんです。ローマ帝国時代とオスマン帝国時代、それぞれの時代にギリシャ系とトルコ系の住民が住み着き、戦前はイギリス帝国が支配してきました。戦争が終わった直後にイギリスが植民地であるキプロスを手放すことになり、この島のトルコ系住民はトルコへの合併を、この島のギリシャ系住民はギリシャへの合併をのぞみました。イギリス、ギリシャ、トルコの3カ国で話し合った結果、キプロスはキプロスという独立した国家であるという結論になり、こうしてキプロスという国は1960年に誕生します。しかし1970年代にまずはギリシャ合併派がクーデーターを起こし、それに対抗するようにトルコ軍はトルコ系住民の保護を目的に北キプロスを占領します。こうして国は南北に分かれました。その後、国連の仲裁などもあり何度も話し合いが行われていますが、今日にいたるまで合意にいたっておらず、北側地域はトルコ以外の政府は認めない未承認国家となりました。現在では、キプロスに92万人、北キプロスに48万人の人々が暮らしています。

そんな複雑な経緯を持つキプロスは、島を歩いているとしょっちゅう国連や、イギリス軍などに出くわします。特にイギリス軍は島の南部のアクロティリとテリケアという地域を支配していて(だから国境線がより複雑)、ここは国際法上もイギリスと定義されています。非常にややこしい、イギリス、ギリシャ、トルコなど周辺の地域大国の思惑が複雑に絡まり合ったのがキプロスという国そのもので、一方で、私たちはキプロス人である、という国民性は非常に薄い地域。日本は領土と言語とアイデンティティがぴったり国境線と一致するので、こういう複雑な地域のことは想像が難しいと思います。アジアではシンガポールがイメージに近いですが、シンガポールは結果的にアイデンティティの醸成が成功し、中華系もマレー系も私たちはシンガポール人であるというアイデンティティを獲得したパターンですが、それがうまくいかなかず分断されたのがキプロスという国のややこしさです。

さて、キプロスにはリマソール(レメソス)という街があります。この街は、そんな複雑な政治事情を体現しながらも、だからこそ非常に稀有な存在となった、いま欧州で注目を集める観光・居住都市なのです。リマソールは人口わずか20万人足らずの小さな都市ですが、トリップアドバイザーが選ぶ人気上昇町の観光都市、世界3位に選ばれたり、EU国籍を持つ外国人を含む外国人が全体の21%を占めるなど、国際都市となっています。この都市の海岸沿いはきれいに整備されたプロムナードになっていて、観光客や地元住民は、天気のいい日や夕暮れ時などに、ここを散歩するのが日課となっています。

リマソールのプロムナード。

リマソールのプロムナード。

でもね、国全体としても90万人少々しかいない国の、首都でもない人口20万人の都市が、なぜこんなに国際的な注目を集めるのでしょうか。少々不思議ですよね。

この都市の発展は、そもそもこのキプロスという複雑な国の歴史を紐解くようです。歴史的には、この地にはギリシャ系キプロス人、トルコ系キプロス人、そしてアルメニア系キプロス人が多く暮らしていました。この地は天然の良港に恵まれ、古くから国際的な港湾都市として歴史に登場しました。先述の通り、独立後トルコ軍が北キプロスに侵攻後した際に、まずトルコ系キプロス人が街を離れ、北に移っていきました。一方、北側から逃れてきたギリシャ系キプロス人は、この地に住み着きます。こうして、のどかな港町だったリマソールには、多くの人が住むようになりました。

さて、1990年代、ソ連が崩壊した際に、ソ連の国籍だった、もともとウクライナ、ロシア、クリミアなどに住んでいたポントス系ギリシャ人という、もともとギリシャの血を引くソ連国籍の人々が移住していきます。この人々は、アルメニア系住民と比較的近かったこと、そしてキプロスがギリシャ語を話す国だったことも影響したと思われます。その後、この地域が暖かく暮らしやすいことがロシアやウクライナ、ジョージアやアルメニアなど旧ソ連の地域の人々に知られ、ロシア系のお金持ちが国外脱出や、拠点作りを企ててやってきます。キプロスという島が、もともと地中海の通り道にあり、多くの外国人を受け入れてきた、開放的な島民性であったことも影響していると思います。2000年代に入り、中東情勢が悪化する時期には、周辺の中東諸国の人々もこの地に移住するようになってきました。

リマソールにはマリーナがあり、中東、ロシアのお金持ちが船舶をこの地に停泊したことも手伝い、ラグジュアリーな雰囲気も醸成されていきます。プロムナードをはじめこの都市は景観も素晴らしいのですが、それは他国から裕福な人が多く移住するようになったからかもしれません。

こうして旧ソ連、中東の人々が集まるリマソールに、2004年にさらなる変化が訪れます。キプロスはEU(欧州連合)に加盟しました。これで、ヨーロッパ中の人々と、国籍関係なく移動できる状況が生まれました。キプロスはEUとしてはそれほど裕福な国ではなく、若者の一部は地元を去りましたが、一方でEUでも最南端に位置するキプロス、そしてリマソールには、今度はヨーロッパ中のお金持ちがセカンドハウスを持ったり、リタイア後に移住する場所となりました。こうして、リマソールは、旧ソ連、中東、欧州それぞれの比較的裕福な人々が集まる国際都市となりました。いわば、ジェネリック版モナコと言ったところでしょうか。小さな街ですが、典型的なワンルームマンションの家賃は1,000ユーロ=約18.3万円と、東京の家賃を遥かに上回ります。

その後は国際都市であることを活かして、IT、フィンテックや暗号資産などの付加価値の高い産業も起こり、中東、イスラエルやロシアの民間企業が欧州に拠点を置く際にも、リマソールに支店を置いて欧州進出の足掛かりとするケースが増えました。港がありマリーナがあったこと、さまざまな人種が住んだこと、ロシア、中東、欧州のちょうど間にあって拠点としやすかったこと、さまざまな要素が加わって、この地は国際的な商取引、金融、IT、移民都市、観光都市へと進化したわけです。どうです? キプロス、リマソール、ちょっと行きたくなったでしょ。リマソールのマリーナの近くには、Caffè Nero Limassol Marinaというイギリス系のカフェがあるのですが、これが海沿いにあって、出港、入港してくるヨットがたくさん見える、素敵なカフェなんですよ。あー、キプロス行きたいな〜。

さてみなさんは、チーズはお好きですか? まあ、だいたいの人がチーズはお好きですよね。特にピザのとろーり溶けるチーズ。乳製品は日本人には合わないという話もありますが、ピザのあのチーズのとろみの魔力にはなかなか勝てません。そう、チーズといえば溶けるものですよね。ところで、溶けないチーズがあったとしたら? あるんです。それが、ハルミという不思議なチーズです。

焦げ目をつけても溶けない不思議なチーズ、ハルミを使った料理「サガナキ」

焦げ目をつけても溶けない不思議なチーズ、ハルミを使った料理「サガナキ」

焼いても溶けない不思議なチーズ「ハルミ」は、キプロスオリジナルのチーズでして、山羊と羊のミルクを使った、少々クセのあるチーズです。中東やインドでは、塩水に溶かしたままチーズを作る製法がありますが(みなさんも水に入ったチーズ見たことないですか?)あれはブラインドチーズというチーズの種類なのですが、ハルミもブラインドチーズの一種です。食べ方ですが、サガナキという料理があって、これは上のイラストのように、チーズを焼いて焼け目をつけたシンプルなメニューで、キプロスではおつまみとして食べられています。

私もどこかで食べた記憶があるんですが(タイのレバノン料理だったかな)、しこしこする不思議な食感で、塩味が効いて美味しかったですよ。オリーブの身と一緒に食べるとおつまみとして最高です。

食べたくなった? 調べたところ、日本でも、KALDI楽天市場などで比較的簡単に買えますよ!

さて、これでみなさん、ある日、みなさまの前に、急にキプロス人留学生が来ても、「ハルミ美味しいよね!日本でも買えるよ!」「私もリマソールに行きたいわ!」と言えますね。どうです、キプロス、行きたくなったでしょう? ギリシャ旅行、トルコ旅行のついでに忘れずに行ってみてください!

おわりに

助手「さて今週はギリシャとキプロスから。素敵な場所のようですねー、あー行きたいなあ船長」
船長「確かにな。いつもは少し反感を覚えるAI生成画像からも美しさが伝わってきたよ」
助手「たしかに。今日も冒頭のトレビの泉以外はAIですもんね。楽園さんはああ見えてギリシャに行ったことないからしょうがないですよ」
船長「でも、行ったことないわりには熱量のあるレビューだったな」
助手「船長の生き様は、まるで『その男ゾルバ』のようでしたよ」
船長「うーん、確かに行き当たりばったり、突然恋に夢中になったり我を忘れたりは俺みたいな生き方だったな」
助手「でもまあいいや、生きてるから、という割り切りが船長に通じるところがあります」
船長「なんかでも、日本の映画でいえば『男はつらいよ』の寅さんのような話だな」
助手「確かにねえ。寅さんに似てなくもないですね。どちらも社会から外れた生き方ですからね。でも決定的に違うのは、ゾルバは過去を引きずらないんですよね。寅さんには未練がある」
船長「確かに! 未練を抱えないというか、踊ることで傷を昇華してるんだよねゾルバは。
助手「寅さんは、傷を隠し持つことでまた義理とか人情って話になってきますよね」
船長「湿気の多い日本の夏と、カラッとした地中海の夏って感じだな」
助手「船長ってそうやって比較するのうまーい」
船長「個人的にはカラッと生きてたいよね」
助手「今だけ見てればいいなんて、とっても簡単ね」
船長「出発進行!」
助手「はい! 船長!」

(つづく)

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