楽園の地図122号 〜ロシアのベトナム、アメリカのベトナム〜 ニャチャン、フエ。

ニャチャン/t.A.T.u./フエ/地獄の黙示録
船長と助手 2026.02.20
誰でも
Nha Trang beach, Nha Trang, Vietnam

Nha Trang beach, Nha Trang, Vietnam

もくじ

はじめに(私たちが知らない、もう一つのグローバル)
今週の楽園1 ニャチャンビーチとロシア人(ニャチャン/ベトナム)
 〜ロシアのベトナム コリアのベトナム
 〜ハチャプリと現金社会
今週楽園で聴きたい音楽 All The Things She Said/ t.A.T.u.(モスクワ/ロシア)
今週の楽園2 フエ・DMZとアメリカ人(フエ/ベトナム)
 〜食べてばっかの旅
 〜パブのアメリカ人
 〜ベトナムコーヒー物語
今週楽園に行けない人のために 地獄の黙示録(DMZ/ベトナム)
おわりに

はじめに

私たちが知らない、もう一つのグローバル

現在私はタイのチャーン島にいます。そろそろ日本に一時帰国の予定。結果的にですが、今回の旅は、ロシア人と一緒に旅をしているようでした。今日取り上げるニャチャンでも、プノンペンやシェムリアップでも、タイのチャーン島でも、東南アジアのリゾート地では、聞こえてくる言葉は英語よりもロシア語の方が圧倒的に多かったです。

なぜ東南アジアがロシア人だらけなのか。その理由は今回の特集で明らかにしますが、結論めいたことを言ってしまうと、タイ、ベトナム、インドネシアなど東南アジア各国は、ある意味で日本なんかよりずっとグローバル社会で、世界の流れに敏感です。私は10年前にバンコクに行き、東南アジア、特にタイの魅力についておなかを壊しながら夢中になり、7年前にバンコクにマンションの一室を買い、コロナが明けてからも何度か東南アジアにきました(このたび、マンションは手放しました。家を売る顛末は次回以降に)。

東南アジアは、アジアの日本より貧しい国々、というのはある意味で真実です。日本のアニメが好きな人が多くて、日本に憧れてる。それもまあまあ合ってます。でも、私たちが見逃している、もう一つの東南アジアの姿とは、ある意味で世界のどの地域よりも国際的でグローバルの影響をダイレクトに受けているし、国際的なグローバル社会とは、日本のニュースで流れる、欧米、特にアメリカを中心とした国際感覚(第一グローバル)ではない、第二のグローバル社会ということです。どんな状況なのか、早速見ていきましょう。

今週の楽園1 ニャチャンビーチとロシア人(ベトナム)

ニャチャンビーチ

ニャチャンビーチ

ニャチャン。ベトナム語でNha Trang、ですからニャトランが発音的には正しい。ベトナム人にNyachanと言っても通じない、ので、この号ではニャトランと表記します。

美しい白浜のビーチ、気分を高揚させるヤシの木、ビーチギリギリまで迫り出す高層ビル、そして砂浜を歩く白人。。。ここはワイキキ? あるいは米国西海岸? 私はニャトランをジェネリックハワイと名付けました。町全体に広がるビーチの美しさは、筆舌に尽くしがたいです。また、ここだけの話、誰もいない絶景のプライベートビーチも大好きですが、飽きたらすぐにモールやカフェに移動できる、ワイキキ(ハワイ)や北谷(沖縄)や海雲台(韓国)のような都会型ビーチが私は大好きで、そういう意味でニャトランのこの、「ビルと白浜」の風景は最高です。

ニャトランのセールスポイントはビーチだけではありません。すっかりコロナが明けて、観光客は歴史上ない勢いで世界中に増えつつありますが、それでもニャトランのホテル代はちゃんとした四つ星ホテルでも3000円から5000円で泊まれます。

2つのホテルに宿泊しましたが、The Summer Hotelが満足度高かったです。3,000円/泊

2つのホテルに宿泊しましたが、The Summer Hotelが満足度高かったです。3,000円/泊

The Summer Hotelは、プールもついて2,000円台。これは10年前の、まだ円がまあまあ強かった頃のバンコクやクアラルンプール位の物価です。要するにとても安い。もちろんホテルだけでなく、移動のタクシーや食事、マッサージの費用なども安く、本当にジェネリックハワイとしては優秀だと思います。アジアに激安ツアーに行ってみたいということであれば、ニャトランは最適な行き先だと思います。

ワイキキとニャトランの違いはまず料理です。ニャトランはベトナムなので、ベトナム料理がたくさん食べられます。特に食べて欲しいのは、海に近く海鮮を使ったベトナム料理がたくさん味わえます。

焼き魚、美味しかったな。

焼き魚、美味しかったな。

Mai Hương Restaurantというレストランで、地元の魚を食べましたがうまかったです。私は甲殻類を食べないようにしているのですが、この街の海鮮レストランはどこもロブスターのような大きなエビを提供していて、それも美味しそうでした。ニャトランの海鮮、また食べたいなあ(よだれ)

話は変わりますが、私のように長期で旅行する場合、食事は楽しみであるとともに大事なミッションでもあります。なぜならお腹を壊してしまったり、胃がムカムカしたり、間違ったものを食べるとその後の観光に支障が出るからです。栄養が偏ったりすると行動や思考にも影響が出るし、だいいち観光を楽しむ体力や意欲がなくなってしまいます。

基本的には野菜で一皿、肉や魚で一皿を頼むことが多いのですが、オーダーの秘訣としてはなるべく素材を活かしたシンプルなメニューをオーダーすることです。栄養の偏ったメニューはもちろん、味の濃いメニューや油っこすぎるメニュー、辛すぎるメニューなども体調不良の原因になります。そこに来てこの焼き魚はどうでしょう? とてもヘルシーでおいしい味がしました。ニャトラン、めっちゃいいとこなのでぜひ遊びに行ってください。

でも、ニャトラン(ニャチャン)、知らない人多いですよねえ。なぜこの街がこんなに素晴らしいのに日本人にあまり知られていないのか、それは多分日本からの直行便がないからだと思います。そしてもう一つの理由は、韓国人とロシア人が異様に多いからと言う理由かもしれません。

ロシアのベトナム、コリアのベトナム

街を歩くと最初に気づくのは、ロシア語と韓国語が異様に多いことです。たとえば上の看板。ハングル(韓国語)、英語、キリル(ロシア語)、中国(簡体)の4種類の言語で書かれています。このとおり、この街は外国語であふれ、それが英語だけではなく、多様な言語で溢れていて、ここがベトナムだと感じることは難しいです。

看板で多いのは、なんと言ってもロシア語が1位、2位が地元のベトナム語で、3位にハングル。なんと、英語は4位。中国語にいたっては5番目の地位に甘んじています。日本語はいっさいありません。

さらに驚いたのは、地元の食堂に行った時のこと。東南アジアではよくあるスタイルのレストランとして、地元の料理(タイであればタイ料理、ベトナムであればベトナム料理)と簡単な洋食を出すレストランってよくあるんですが、そこに行きますと、、

これはわかる人には衝撃的なメニュー構成だと思います。右上、フォーや、右上から3段目、バインセオ(ベトナム風オムレツ)などベトナム料理に混じって、左上には唐突にキリル文字で、「ガーリックトースト」と書いています。その下にはロシア人が大好きなスープ「ボルシチ」も存在します。

ベトナム語とロシア語(英語はhamburgerのみ)という組み合わせが、なんとも不思議な気持ちになります。世界中様々な場所に行きましたが、ベトナム語とロシア語がメインの看板なんて、世界中探してもニャトランにしかないのではないでしょうか?

街中の看板がハングルやキリルで溢れていて、いたるところにロシア系のレストランがあるので、これは一時的な観光客の増加ではなく、結構前からこのような状況だったことがわかります。なぜニャトランはなぜロシア人と韓国人が集まるようになったのでしょうか?

美しいビーチを持つニャトランは、もともとはフランス領だった時代にフランス人が保養地として開発をはじめました。ベトナム戦争時は米軍の保養地となるなります。その後、中国・ロシアなどと同様に社会主義陣営に参入したベトナムには、ロシア軍基地がニャトランの隣のカムランにやってきます。こうして、この地には1970年台後半から、ロシア人兵士が駐留するようになります。このあたりから、ロシア系レストランが増え、街にキリル文字が溢れるようになったわけですね。いやー、知らなかったでしょ? 勉強になりますね。

2002年にはロシア軍基地は撤退しますが、ロシアとベトナムは友好関係を維持します。おそらく、ベトナムにとっては、近隣の大国・中国を牽制する目的で、ロシアと仲良くする必要があったのでしょう。どうあれ、ニャトランを愛したロシア人は、この地をロシア人のリゾートにする計画を考え、ホテルを建設し、直行便を飛ばし、安価なパックツアーを組むようになります。

これがロシア人との関係。現在、ロシアはウクライナと戦争を行なっているため、物価が安く観光開発されたニャトランには、ロシア、ウクライナ、双方から避難者、長期滞在者がやってきます。戦争を避けるために、この地がりようされてるわけですね。

これがニャトランとロシアの関係。

一方、韓国とニャトランの関係は? 現在は、ロシア人に次いで観光客が多い韓国人。ニャトランと韓国の関係は意外に新しく、2010年台のLCC(ローコストキャリア)増加の波がきっかけです。ちょうどニャトランにアクセスするカムラン国際空港が拡張され大型飛行機が止まれるようになった時期に、韓国のLCCがニャトランに進出し、大幅なマーケティング戦略を行なってニャトラン観光を推し進めます。少し前から韓国人観光客が多かったダナンとセットで、ダナン・ニャトラン観光が韓国で大バズりします。韓国はロシアと同様、冬が厳しい国。気候が温暖で美しいビーチがあるベトナムは、格好の観光地だったのです。

2016年には、韓国の大手デパート、ロッテモールが誕生します。私もロッテモールに行ってみましたが、韓国人、韓国語だらけで、ここに来るとあれだけ多かったロシア人が少なくなりました。なぜ韓国人が、ベトナムまで来て、韓国にも存在するロッテモールに行くのか。おそらくパックツアーの団体観光客の行き先として組み込まれているのでしょう。

韓国は意識的に東南アジアなどにリトルコリアを作る傾向があって、例えばフィリピンのセブなんかも韓国人が多く、かなり韓国資本が入っています。韓国政府も韓国人のベトナム進出を後押ししました。と言うのも、韓国企業も日本企業と同じように賃金が安い中国に工場をたくさん作っていました。しかし中国に労働力を依存するのがリスクだと判断し、韓国企業は次第に中国以外のアウトソーシング先を探します。ベトナムは人口1億人、中国よりも物価が安く工場の進出としてはぴったりです。韓国政府は、どうやら戦略的にベトナムを韓国化しようとしたわけですね。

ニャトランはベトナムの地方都市ですが、観光地化されたため近代的なカフェが多いです。滞在型ノマド民にもおすすめかも。

ニャトランはベトナムの地方都市ですが、観光地化されたため近代的なカフェが多いです。滞在型ノマド民にもおすすめかも。

こんな素晴らしいニャトランですが、弱点もあります。それは、目立った観光スポットが少ないこと。ビーチ一強状態。美しい海と美しい山、お寺ぐらいしかありません。だからか、欧米の観光客や、日本人の観光客にはあまり知られていないようです。私なんか、美しいビーチとカフェと美味しい料理があればもう何もいらんだろ、と思わなくもないですが。

ところで、ロシア人が今、最も恐れていることは戦争に駆り出されることです。家に赤紙(軍隊からの召集)が来たらそれは死を意味するかもしれません。誰も戦争なんか行きたくないでしょう。でも召集が来たら行かなくてはならない。海外にいれば召集に気づかなかったと言えるかもしれないからです。そこで海外への渡航を目指すわけです。しかし、アメリカを始めとした西側諸国は、ロシアを制裁対策として入国拒否する国も多いです。

ロシア系メディアのこの記事がわかりやすいのですが、冒頭の世界地図で、ビザなしで観光できる国(白色)を紹介していますが、旧ソ連の国や、南米の国が多いことがわかりますが、タイ、ベトナム、インドネシアなどもビザなしで観光できる、ロシア人から見ると数少ないありがたい国です。

もちろん観光ビザさえ取得してしまえば、ヨーロッパを観光することも可能ですが、ロシア人だとバレると町は歩いてもヘイトを受けたりめんどくさいことも多いでしょう。そんな地にわざわざ行く人はいません。そこでアジアです。ロシア人の中には、タイ、ベトナム、インドネシアあたりをビザラン(観光ビザで滞在できるギリギリまで滞在したあとに、別の国に一度移動して、再び戻ってくる)しながら長期滞在する人が多いようです。この状況は、ウクライナとの戦争が終わるまで続くことでしょう。

戦争中のロシア人が、ベトナムで大量に休暇を過ごしている。それは手放しで喜べるものではないでしょうが、戦争したくないロシア人、観光収入が欲しいベトナム、いったい誰を責めれるというのでしょう。もし自国が戦争を始めたら、私も別の国に逃げます。どんなに卑怯と言われようとも、戦争に駆り出されて合法的に人を殺すよりはマシだというのが、私の結論です。

そんなロシア人のことを考えながら、ニャトランの最終夜にアルメニア料理屋に足が向かってました。

ハチャプリと現金社会と。

ハチャプリ。

ハチャプリ。

ボルシチ。

ボルシチ。

私が選んだのは、スモールアルメニアというレストラン。いやー、美味しかったなあ。アルメニアはもともとは旧ソ連を代表する国の1つなので、ロシア料理と同じようなメニューがたくさんあります。ボルシチもおいしかった。ヨーグルトのようなサワーソースがついてくるんですが、これがボルシチのミソなんですよ。これを入れるとスープに酸味と旨みがまして、とても美味しくなります。

ハチャプリは元々はジョージア(グルジア)のメニューですが、お隣の国なので名物なのでしょう。くぼみのついたパンにチーズを乗せて焼いて、最後に生卵を落とすシンプルなメニューなのですが、これがめちゃくちゃおいしい。正直小麦も生卵も乳製品も健康のためには避けたほうが良いメニューなのですが、ハチャプリの魅力には勝てませんでしたね。いやおいしかったな〜。また食べたい。

ということで観光地のニャトランは、美しいビーチを見ておいしいご飯を食べる。たまに韓国のデパートに行って洋服を見たり韓国系のカフェに行ってInstagram更新する女子を眺めて、そしてたまにロシア料理を食べる。そのぐらいしかやることがありません。でもだからこそ、2泊しかいなかったのに、すごく休めて充実した気持ちになりました。

ところで、この街に溢れるベトナム語、ロシア語、そしてハングルを眺めていると、日本のニュースでは報道されない。アメリカやヨーロッパから見た世界では行動されない。もう一つのグローバル化された世界があるように感じました。世界ではよくアメリカを中心とした西側諸国、そしてロシアと中国を中心とした新しい大国、さらにその2つの世界のどちらでもなく、そして最大の人口を誇るグローバルサウス。私たちが世界を本当に正しく捉えるのであれば、当然先進国から見た世界も必要ですが、中露から見た国際社会、そしてグローバルサウスから見た国際社会を捉える必要があるのではないでしょうか。そういう意味で韓国人とロシア人がやってくるベトナムの街は、先進国世界(韓国)、第二世界(中露)、そしてグローバルサウス(ベトナム)が交差する、あらゆる意味でグローバルな都市と言えるかもしれません。

ニャトランのレストランは観光地では珍しくクレジットカードが使えませんでした。ロシアは経済制裁を受けていて、国際的なクレジットカードが使えません。かといって、「第二」国際クレジットカードとも言える銀聯カード(Unionpay)を使う人はあまりいないようです。

まだまだ世界には知らない世界がたくさんある。美しいビーチでまどろみながら、そんなことを考えたニャトラン旅でした。

今週楽園で聴きたい音楽 All The Things She Said/ t.A.T.u.(モスクワ/ロシア)

そんなニャトランでは、ホテルに戻るとついロシアの二人組アイドルt.A.T.u.の曲が聴きたくなり、部屋でシャワーを浴びながら大音量で流していました。この曲、昔は気づかなかったのですが、ロシアの曲なのに英語だったんですね。

ちなみにこの曲は、これより前に発表されていたロシア語バージョンがあります。こちらのほうがある意味ロシア気分を味わえるかもしれません。

今週の楽園2 フエ・DMZとアメリカのベトナム(フエ/ベトナム)

フエ王宮

フエ王宮

さあ、隔週となった楽園の地図。代わりに今週は楽園を2個紹介しちゃうからね!

次に向かった街はフエです。フエはベトナムの古い王宮がある街です。ニャトランから飛行機でダナンに向かい、そこから東南アジアによくあるバスと言う名の、ロケバスのような大型ワゴン車に乗り2時間ちょっと。

あれだけロシアと韓国だらけだったニャトランから、二つの国の要素が一気になくなりました。

フエは全く対照的に、私が昔からよく知る東南アジアの観光地そのものでした。私たち日本人にはパッと見白人の人種を見分けるのが難しいですが、急にレジットカードが使える店舗が増え、英語が聞こえてきます。フエに来ているのはアメリカや英語圏のヨーロッパ先進国、あるいはオーストラリアなどの国の人々だと言うことがよくわかりました。彼らはアジアの伝統文化や遺構に興味を持ち、アジアのオリエンタルなムードを感じたがっています。だから、フエは欧米人が多いのでしょう。

食べてばっかの旅

で、フエも王宮も素晴らしいですけど、それより先に食事の話をさせてくださいよ。私が初日に出かけたフエのレストラン、Quán Hạnhは、一応普通の人より世界中で、あるいは新大久保でさまざまな民族料理をいただいてきましたが、そんな私も久しぶりに感動した、すばらしい食事体験でした。

今回の旅は、なんか食べてばっかの旅でした。だって、ベトナム、ご飯が美味しいんだもん。ついつい欲張っちゃいますね。。。太ったかもしれません。

まず、右下にあるつくねのようなもの。これ、ネム・ルイという豚肉ベースのひき肉料理なんですが、憎いのは串がレモングラスになっていることです。いやーレモングラスを串扱いするなんて贅沢な料理。ですがこれはこのまま食べるわけではなくて、奥にある野菜を巻いたり、真ん中にあるスープをソース代わりにかけたりして、最後にライスペーパーで巻くというもの。いやこれがうまいのなんの。ライスペーパーに巻かれた具材ってさ、シースルーって感じで、なんか色気があるんですよね。ベトナムといえばアオザイというボディラインが強調されるドレスがありますが、ベトナム人はなんというかフェティッシュをわかってる国民だなと思います。

で、真ん中のとろみのあるスープ(タレとしても使う)。これはヌオックレオと呼ばれるメニューで、ピーナッツと、おそらく魚醤(ニョクマム)ベースのスープだったんですが、これがなんというか味噌汁みたいに深く、やさしい味わいだったんですよ。フエではやや甘めに味付けされるんですが、それほど甘味が強くなく、優しい味がしました。

手前にある3つの小皿はバインベオというメニューらしく、おもちのようなおかゆのようなゼリーのような、特殊な形状のお米で、上に乾燥エビや乾燥ガーリックなどパリパリしたものと合わせて食べます。

いやー、見た目よりずっと素晴らしいんですよ。このレストランがおすすめなのは、私のような1人客も想定されていて、上のような小皿のおすすめセットのような、あれも食べたい、これも食べたい、を叶えてくれるメニューがあることです。うーん、これは観光客思い。ぜひ行ってみてください。

反省しつつ、パブで楽しく飲むアメリカ人

欧米人にとってフエが、王宮のあるエキゾチックな古都であるという以上に、アメリカ人にとってはもう一つ別の意味があります。それは、フエはベトナム戦争の最前線ということです。北ベトナムと南ベトナムの間のDMZ(軍事境界線)があり、ヴィンモクの地下道など、戦争の遺構も多いです。

アメリカは、ベトナムを共産主義から守る、という名目で多くの米兵をベトナムに送りつけます。最初は豊富な予算と軍事力で圧倒してきた米国ですが、やがてベトナム兵(ベトコン)の激しい反抗に遭い、事態は硬直化します。アメリカは核ミサイルこそ使わなかったものの、枯葉剤などその後の環境を大きく破壊する武器も大量につかいます。一方、アメリカ国内では反戦ムードが増殖。こうして、アメリカは米軍を撤退させることを決め、歴史上はじめてとなる敗戦をベトナムで経験します。いわば、アメリカにとってベトナムは、トラウマのような場所です。

そんな場所にわざわざアメリカ人はやってきて、戦争の遺構を見学していきます。例えば日本でいえば広島もアメリカ人観光客が多く、原爆ドームを見物してはひどいね、なんて言ってます。アメリカ人って、自分が「やらかした」場所にやってきて反省する人が多いんですよ。これってあんまり日本人にはないメンタリティだと思います。南京大虐殺の遺構を見に行く人、パールハーバーを見に行く日本人は少ないと思います。

でもね、昼間、戦争の遺構を見学して、「アメリカひどいやね」なんて言ったあとに、アメリカ人はパブ街に繰り出して楽しく酒を飲みます。

フエのパブストリート。オープンテラスのパブで、アメリカ人がたくさん酒を飲んで楽しく語り合ってました

フエのパブストリート。オープンテラスのパブで、アメリカ人がたくさん酒を飲んで楽しく語り合ってました

フエは、ひょっとすると、パパや、おじいちゃんが命を落とした場所なのかもしれません。そんな場所で楽しく飲んでいるアメリカ人を眺めてると、なんか少しうるっとくるな、なんて思ってると、初老のアメリカ人男性と、それよりは若いベトナム人女性がいちゃいちゃしている光景を見たりして、なんだうるっときて損をしたと思ったり。

アメリカ人というのは不思議な国民で、昼は自分たちの失敗を見学して反省したあとに、夜はパブで楽しく飲んで騒いでいるのです。

反省と享楽がセット。これがなんというか、アメリカの行動様式だなって。まあ、楽しくビールを飲めば、地元にお金が落ちていいと思います。戦争はもはや50年以上前のことで、今の世代が反省する必要はないかもしれません。でもなんというか、古い話とはいえ自国民がひどいことをした場所で、飲んで騒ぐ気持ちに私はなれません。でもアメリカ人は楽しく飲んで騒ぐのです。なんかでも、私たちにもこのような態度は学ぶべきところがあるんじゃないかなと思います。そう人生、反省したり真面目に振る舞ったりばかりじゃ疲れちゃいますよ。アメリカは弱肉強食の競争社会でもありますが、一方でプロムの国でもあります。社交をしたり、楽しく集うことの効能を知る人種でもあります。

にしても、ロシアのベトナム(ニャトラン)、アメリカのベトナム(フエ)。ベトナムは都市が代わると雰囲気がガラッと変わりますね。10年ほど前にホーチミンとホイアンに遊びに行ったことがあるんですが、特にホーチミンの状況を見て、バイクが多くて大気汚染がひどい国という印象しかなかったんですが、かなり好きになってしまいました。

ベトナムコーヒー物語

塩コーヒー

塩コーヒー

それにしても、ベトナム人は美食に貪欲な国だと思います。世界には食に貪欲な国民が存在して、日本人、中国人、フランス人、イタリア人、そしてベトナム人というのは食に貪欲な人種だと思います。日本にいるとそれって当たり前と思うかもしれませんが、アメリカ人、イギリス人などは、食に貪欲ではなく、食べれたらいいじゃない、というスピリットを感じます。

上のメニューは、近年ベトナムで発明されブームになっているソルティコーヒー(塩コーヒー)です。昔からベトナムにはエッグコーヒー(濃いめのコーヒーに卵黄と砂糖とコンデンスミルクを加えたメニュー)がありましたが、その発展だと思いますが、面白いメニューを考えますね。

私はコーヒー好きですが、コーヒーに関しては保守的で、美味しい豆をアメリカンかハンドドリップでホットでいただくのが好きで、あまり変わり種を飲むことはありません。ですがこの塩コーヒーは少し気になってオーダーしちゃいました。エスプレッソにコンデンスミルクと塩を混ぜてホイップ状にした甘じょっぱいメニューなのですが、なんかティラミスみたいな味に仕上がっていて、たしかにこれは美味しいなと思いました。私は甘い飲み物を飲まないようにしているので再びオーダーすることはないと思いますが、一度は試してみてください。

ところでベトナムは、世界第2位のコーヒー輸出国(1位はブラジル)です。ご存知の方も多いですが、ベトナムは古くからベトナムコーヒーと言う独特のコーヒーがありました。ベトナムコーヒーは情緒があって、文化だと思いますが、個人的には私にとっては魅力的ではありませんでした。というのも、ベトナムコーヒーはロブスタ種の豆を前提にしているからです。

世界のコーヒーで生産量の多いのはロブスタ種で、ベトナムでできるコーヒーもほとんどがロブスタ種です。ロブスタのメリットは、植物として強く育てやすいということです。だからこそ生産量で圧勝していますが、一方で苦味が強く、アラビカ種ほど旨みはありません。インスタントコーヒー、あるいは安いコーヒーを飲んで苦いなと感じたらそれがロブスタ種かもしれません。

本当に美味しいコーヒーはアラビカ種です。ベトナム人はこの、アラビカ種には劣るロブスタ種のコーヒーにコンデンスミルクを入れたりして美味しく飲む方法を模索しました。その結果できたのがベトナムコーヒーや、先ほどのエッグコーヒーや塩コーヒーだったのです。ちなみにこれはいい茶葉を全てイギリスに持っていかれ、悪い茶葉しか残らなかったインド人がお茶を美味しく飲むために考えたチャイにそっくりです。

ベトナムのコーヒー文化を、文化の一つとして尊敬はしていますが、でも個人的にはコンデンスミルクで甘くしたりするのはあまり好きではありません。

そんな中、ベトナムでも経済発展や世の中の健康志向、美食思考の高まりによって、アラビカ種を飲みたいという意識が高まってきます。

ベトナムオリジナルのスペシャリティコーヒーを出すカフェも増えてきた。ベトナムのカフェレベルは現在上昇中だ。

ベトナムオリジナルのスペシャリティコーヒーを出すカフェも増えてきた。ベトナムのカフェレベルは現在上昇中だ。

もともとコーヒーの生産に適しているベトナムでは、一部で手間はかかるが味わいが深く美味しいアラビカ種の生産を少しずつ初めています。それは中部に多いようで、ダナン、フエなど中部の都市では、地元生産のアラビカ種のコーヒーを味わえます。

フエで私的におすすめのカフェは、上の写真のPhinHolic Hand-brewというカフェです。ベトナム中部産のコーヒー豆も買えるので、行ってみてください。「今のベトナム」を感じるにはぴったりの場所で、おすすめです。

ベトナムのカフェでは、ロブスタ(ベトナム国民にとって旧来のコーヒー)とアラビカ(スペシャリティコーヒー)という用語は一般的で、コーヒーを注文する際に、これはロブスタ? アラビカ? と聞くと、わかってる人だなと思われるとともに、美味しいコーヒーに出会う確率が上がります。

ベトナムは、日本と同様、南北に細長い国土を持つ国です。地域によって大きく性格が異なる都市、ぜひホーチミンやハノイだけでなく、フエやニャチャンにも行って欲しいです。

今週楽園に行けない人のために 地獄の黙示録(DMZ/ベトナム)

というわけで最後に映画紹介のコーナーですが、この流れならやっぱりベトナム戦争でしょう。ベトナム戦争といえば、やっぱりフランシス・フォード・コッポラ(今となってはソフィア・コッポラのパパと言った方が早いかも)による、「地獄の黙示録」が最高です。

まず、時代背景的にCGなし(1979年の映画)で、ここまでのスペクタクルはなかなか味わえないと思います。本気で戦争を再現しようというムードを感じます。

この映画は、「戦争映画」というジャンルに革命を起こした映画だと思います。すごく簡単にいえば、それまでの映画は、戦争の惨さみたいなものに焦点を当てる一方でしたが、コッポラはそこに、戦争のおかしみ、カオスさ、戦争に関わると人々はなぜ頭がおかしくなるのか? といった問いに向き合った最初の映画だと思います。

また、あまり多くは語られていませんが、この映画は、「サーフィン」、「LSD」などの60年代ではフラワームーブメントの主役となった、つまりヒッピー御用達の趣味や娯楽がモチーフとしていくつか使われているところが思慮的です。ヒッピーカルチャーは、本来は世界に平和をもたらすという基本思想であったのに、この映画ではそういった文化が、「単なる戦争の気晴らし」という状況下でしか出てきません。これはアメリカ文化の敗北ともいえないでしょうか。

つまり、アメリカはベトナム戦争において、戦争において政治的に負け、平和的なムーブメントが全く役に立たなかったという意味で文化的にも負けを味わいました。二重の敗北だったんですね。このあたりを考えながら見ると、カオスなこの映画の魅力がさらに深まるかもしれません。

ちなみにこの映画の最初の方、任務を依頼される主人公がいる場所はニャトランなんですよ。

おわりに

助手「ベトナム料理、うまーい。バインセオ、生春巻き、うまーい」
船長「ずいぶんご機嫌だな」
助手「いやー、ベトナム料理って美味しいですよね。ここのところカレーばっかりだったから」
船長「俺は今日はロシア料理を食べることにするよ。ハチャプリ、ボルシチ、うまーい」
助手「あ、ずるい。僕も食べたい」
船長「お前はもうベトナム料理食べたろ? こら、奪うな」
助手「くう!ロシア料理も食べたいのにもうおなかいっぱい。ああ、胃袋にストレージがあればなあ」
船長「ま、まあ、ロシア料理は明日食べればいいじゃない。ボルシチは保存できるからとっとくよ」
助手「世界は美味しいものでいっぱいだなー(にやにや)」
船長「健康で、戦争のない社会があれば、明日も美味しいご飯が食べれるさ」
助手「はー、しあわせー」
船長「だから戦争というのは人類が・・・」
助手「ぷはー、ベトナムコーヒー、うまーい!」
船長「おい!聞いてるのか!」
助手「あ、怒っちゃだめですよ。怒りすぎると戦争になるよ」
船長「クソっ。なんかそういう切り返しばっかりうまくなりやがって」

(つづく)

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