楽園の地図121号 ホーチミンの1区以外

Madame Lam, Ho Chi Minh
もくじ
はじめに
今週の楽園1 ホーチミン(サイゴン)の1区以外(ベトナム)
➖チョロン
ー2区
ー6区
今週の楽園で聴きたい音楽 To Te Ti/Wren Evans(ハノイ/ベトナム)
おわりに
はじめに
たまには真面目な話
ベトナムにいます。ホーチミン、ニャチャン、ダナンと移動中。いやはや、やっぱ冬の東南アジアは暖かくていいですね。今年は久々に花粉かな、と思っていたのですが、ベトナムにきたら花粉症状がおさまりました。僕の先祖は遊牧民だったのか、ずっと同じ場所にとどまると体調が悪くなるんですよね。でも、同じ場所にとどまると、同じものを食べ続けることになるし、花粉のようなアレルギーだって蓄積が良くないというし、理に叶っているのかも。
日本ではいま、衆議院選挙のまっただなかです。私は以前からこのスケジュールを組んでいたので、期日前投票にも間に合わず、今回は投票を断念しました。調べましたが、期日前投票期間含め、丸々海外に観光ビザで滞在している人には選挙の投票は不可能なようです。私は長期の海外旅行が好きなだけで、日本で税金を納め、日本で会社を経営していて、日本に多少は貢献しています。私にだって投票する機会があってもいいんじゃないでしょうか。どうなんでしょうか? 自分で言うのもなんですが、しょっちゅう海外に出ていて国際感覚ある人の1票って、ちゃんと反映された方がいい気がしますが。
さて、前回の選挙では、移民問題を訴える政党が躍進しました。アメリカでもヨーロッパでも排外主義は吹き荒れていて、これは日本に限った問題ではありません。ただ、私が思うに、日本は世界でも稀に見る、移民に厳しい国です。これは間違いありません。おそらく、移民問題を心配している人々は、周囲に外国人が増えたことで移民問題を口にする機会が多いのだと思いますが、私たちが普段目にしている外国人は95%以上観光客です。たとえば、2025年、日本には4200万人の観光客がやってきて、このうち、留学など、観光ビザ以外の人の割合は17万人、0.5%以下です。さらにこの0.5%のなかの4人に1人が永住資格があると言われています。つまり、もし周囲に外国人が増えて心配ということであれば、それは移民の問題ではなく、観光客が増えているということだと思います。
観光客が日本で落としてくれる滞在費は貴重なので、政府が観光客をあえて減らすという対策を打つことはないでしょう。よって、この件に関して国として日本人を優遇する政策って特にないんですよね。たとえば京都市とかニセコ町とか特定の観光地が、観光客が来すぎて飽和することを防ぐために外国人宿泊者に宿泊税をかけるとか、そういうことは可能だと思います。でもそれって、県とか市でやるべきことで、国で議論することでもないんですよねえ。投票できない代わりに、私の意見を述べておきました。
ではでは本編。今日はホーチミンから。
今週の楽園 ホーチミン(サイゴン)

ホーチミンは、人生で二回目の訪問です。とは言え前回は10年以上前の話なので、もはや別世界かな、と思いきや、相変わらず世界で最もバイクの数が多いと思うし、こんなに交通量多いのに信号は大きな通りじゃなければほとんどないし(それでも事故が起きないのが不思議)、とにかくアジア的カオスを味わいたければ最も適切な街かもしれません。
今日は、知ってるようで知らない、ホーチミンについて、たっぷり時間をかけてお届けしたいと思います。
まず、ベトナムの首都はどこかご存知ですか? ハノイですね。では最大の都市はどこでしょう? 答えはホーチミン。日本だと首都=最も都会と思いがちですがそんなことはなく、アメリカはワシントンDCだし、オーストラリアはキャンベラだし、でも、アジアってどちらかと言うと首都=最大の都市というパターンが多いんですよね。だから、ベトナムのケースは珍しいと思います。なぜホーチミンは、ベトナムで最も大きな都市となり、だけど首都ではないのでしょうか? あと、ホーチミンって、サイゴンとも言われているけど、その二つの名前はどういう関係なの? ここでこれらの疑問に答えるべく、みんな知ってるようで知らないベトナムの歴史を紹介しましょう。
知っておいたほうがいい、ベトナムの超簡単な歴史
そもそもベトナムは、漢字で「越南」(=南へ越える)と書き、かつて中国の南東部に住む人々が南へ越えて作った国だったわけです。ベトナム人≒キン族ですが、キン族は東南アジアにしては肌が白く、それは遺伝子的なルーツが中国に近いからですね。
最初は中国側の大国(唐とか)の支配をたびたび受けましたが、10世紀ごろから中国の支配を逃れて国家となりました。
このように、ベトナムという国は現在の区分では東南アジアとされていますが、文化的には中国の影響を最も強く受けていて、その証拠にベトナム人は日本と同様にかつては漢字を使っていました(Wiki、漢字文化圏)。言葉の発音も中国語に近似していて、例えば、ホーチミンは、ホー・チ・ミンだし、バインミーは日本語読みですがベトナム語では「バン・ミー」に近く、中国語を勉強したことある方なら、どうも中国語の発音に近いとピンと来る方もいるかもしれません。
その後19世紀にフランスに支配され、特にフランス人はサイゴン(現在のホーチミン)に拠点を置き、いこうこの地域の中心はサイゴンになりました。その後100年ほどのフランス支配を終え、太平洋戦争中は日本にも支配されます。戦後、北ベトナムと南ベトナムは、別々の道をすすみます。南はアメリカ中心の資本主義陣営、北はソ連中心の社会主義陣営に加わります。ちょうど、朝鮮半島(北朝鮮と韓国)の関係性と同じですね。ただし朝鮮半島と異なるのは、その後ベトナム戦争が起きて、北側が勝利。こうして、ベトナムは社会主義陣営の国として成立することになったのでした。
このとき、南ベトナムの首都サイゴンは、北ベトナムからやってきた英雄、ホー・チ・ミン(人名)によって撃ち落とされてしまいます。その際に、南北の統一を強固なものにするために、サイゴンという古くからある名前を、ホーチミンに変えてしまった。こうしてこの街には、サイゴンとホーチミンという2つの名前が残ることになりました。このような経緯から、ホーチミンの人たちは自分たちの街を呼称する際、サイゴンという名前を使いたがります。そもそもサイゴン市民は、かつてフランスが拠点を置いた都市であるということで、ハノイなんかよりずっと自分たちのほうが洗練された都会っ子だと思っていたわけです。そこに、北から田舎者がやってきて占領されて、名前も変えられてしまった。これがホーチミン市民の屈辱の歴史。だから、地元民には、サイゴンと呼んであげたほうが喜ぶかもしれません。この記事でも、以降はサイゴンで統一したいと思います。
首都や政治の中心をハノイに譲ったあとも、首都のハノイよりサイゴンの方が発展し、首都ではないけど最大の都市という地位をサイゴンは守り続けました。人口は938万人(ハノイは844万人。いい勝負)、市民の平均給与もサイゴンの方が高いのですよ(サイゴン5.3万円、ハノイ4.5万円)(参考サイト)。
◇
ベトナムはタイと並んで世界中の観光客が集まる国です。理由としては、ベトナムはとにかく物価が安く、物価が安い国のなかでは治安がよく、食事も美味しいことがあげられます。
そんなコスパに優れたベトナム最大の都市であるサイゴンは、世界中から人が集まる観光都市です。サイゴンの観光地として有名で、どのガイドブックにも載っているのは、フランス統治時代の面影が残るノートルダム大聖堂、戦争の傷跡を学ぶベトナム戦争博物館、市民の胃袋兼百均ベンタイン市場などが多いです。

こちらもガイドブックの定番、サイゴン中央郵便局。フランス風のコロニアル建築は必見。なかもぜひ見て!
でも、せっかく楽園の地図で紹介するなら、ぜんぜん違う楽しみ方をお伝えしたいですよね。「地球の歩き方」が教えるサイゴンが、歴史の中にあるサイゴンなら、現代のサイゴンの見どころをお届けします。
ガイドブックに載らない、サイゴンの、1区以外
サイゴンは、東京や日本の大都市と同じように、区で分かれています。このうち中心部は数字が振られています(参考サイト)。ちなみに、パリも数字が振られているので、おそらくフランスの影響と思われます。
このうち、ほぼすべての観光地が集まるのは1区です。ガイドブックに掲載されているのは9割が1区だと言っていいでしょう。先ほど書いたすべての観光地に加え、安宿が集中するサイゴンのカオサン通りことブイ・ヴィエンとか、映画「地獄の黙示録」の舞台となった歴史あるホテル、マジェスティック・サイゴン(訪れるなら泊まるより夜にルーフトップバーに行くのがおすすめ)など、すべてが1区です。東京で言えば、千代田区にすべての観光地が集まっている構造と言えるでしょう。
しかし、サイゴンの奥深さを感じるために感じてほしいのが、1区以外の場所、つまり、観光客が行かない場所です。私としては、特に、2区、5区と6区、7区の3つの地域を紹介したいと思います。
5区と6区ーチョロン(チャイナタウン)

そこかしこに中国語がある、チョロン。
まずは5区と6区。ここは、チョロンと呼ばれる、チャイナタウンです。チョロンは5区と6区にまたがるようにしてあります。チョロンの歴史は古く、18世紀後半に当時の南ベトナムの王朝を支援していた、現在のビエンホアに住んでいた中国人たちが戦争のあおりをうけ難民となり、サイゴンの隣に移り住んだのがきっかけ。1975年(つまり、ベトナム戦争)より前には、なんと国内に120万人の華人が住んでいたとされ、そのうち70万人がチョロンに住んでいたと言われます。これは世界中に存在するチャイナタウンの規模の中でも最大のものだと思います。サイゴンを含むベトナムが社会主義化された際に、主に商売を行なっていた華人は、これでは商売はできんとばかりにチョロンを去っていきました。とは言え、最も少ない時期でも10万人の華人がいて、今は復活してきて50万人ほどの華人がここに住んでいます。

そこかしこに屋台が広がる
今でも、公式、非公式の屋台が街の各地に登場し、野菜を売ったり食事を売ったり、思い思いの小商を展開しています。かつて、たとえば90年代にバンコクのヤワラートあたりに行った人は、ひょっとしたら今のチョロンが最も当時のヤワラートに近いかもしれません。私たちが考える、アジア的カオスがそこに広がっています。
ベトナム料理は美味しいですが、毎日食べていると流石に飽きます。そこで、ぜひともGRAB(UBERのようなもの。東南アジア旅行者は必須アプリ)を呼んでサラッとチョロンに行って、中華料理を食べに行ってください。あと、こんな時代になっても、びっくりするぐらい安い値段でいろんなものが買えます。

私はこの籠屋さんで、日本円で150円相当で、小さなカゴをゲットしました。私にしては珍しく無駄な買い物でしたが、何かいらないものを買いたくなってしまう魔力がチョロンにはあります。ぜひい行ってみください
2区-サイゴンの今を感じるなら!

2区はサイゴンきっての高級住宅街。少し都心から離れていて、サイゴンの目黒区、世田谷区ってところでしょうか。
先ほど紹介したチョロンは、親切なガイドブックには載っていますが、2区のことについてはほとんど触りしか書いていないように思います。2区はサイゴンの高級住宅街です。この地域もGRABを使えば一瞬で行けますが、せっかくなら開通したばかりの地下鉄に乗ってみましょう。

サイゴンは2024年12月に、はじめてのメトロが登場し(ホーチミンメトロ)、中心部のベンタイン(ベンタイン市場のそば)から、郊外のスオイ・ティエンを結んでいます。人口1000万人の都会で、2024年になるまで、地下鉄が一つもなかったなんて、日本人からしたら驚きじゃないですか? そりゃ交通渋滞は大変なことになるわ。
1区がホーチミンの歴史なら、2区はホーチミンの最先端です。レストランからカフェから、素敵なお店がたくさんありました。街ゆく人もおしゃれな人ばかり。

おすすめのカフェ、EVERY HALFや、ミシュラン掲載のベジタリアンベトナム料理店のHum Gardenなど、お店のクオリティを求めるならこの地は素晴らしいと思います。1区のようにバイクで道が溢れていることもないので(路地が入り組んでいてバイクが相対的に少ない)、隠れ家的な、あなただけの名店を探すにはぴったりの場所。バンコクに詳しければ、トンローやエカマイの雰囲気に近いと言えばわかってもらえるかもしれません。駐在カルチャーと地元カルチャーのミックスと言った雰囲気。
7区-誰も知らないコリアンタウン
さあ、いよいよサイゴン旅もかなりディープになってきました。チョロンや2区は、それでも触りだけなら地球の歩き方に掲載されています。しかし、7区を取り上げているガイドは、私が知る限りありません。では、7区に何があるのか。コリアンタウンです。
実は、ベトナムで最も観光客が多いのが韓国です(参考)。いや、正確に言えば1位中国528万人、2位韓国430万人、3位台湾123万人、4位アメリカ85万人、5位日本81万人(すべて2025年のデータ)です。韓国の人口が日本の半分、中国の24分の1ぐらいと考えると、韓国の多さは異常です。なんと、韓国人の12人に1人が、1年の間にベトナムを訪れた計算です。どうやらベトナムと韓国は関わりが深く、もともと冬が寒い韓国において、距離も近く気候も暖かく物価も安いベトナムは、理想の避寒地だからという理由で古くから愛されています。
街を眺めると、サムスンとか、ロッテデパートなど、韓国資本の商業施設が目立ちます。そんな韓国の勢いは、特に7区のコリアンタウンに行けばよくわかります。ここは昔からコリアンタウンだったわけではなく、15年前はただの沼地でした。政府が買い付け区画整理を行なって、高級住宅街に生まれ変わります。その後韓国人の移住者が増え、韓国人街と様変わりしました。

韓国で有名なコンビニ、GS25。
どうも韓国は国家ぐるみで、ベトナム進出を目論んでいた模様です。現在、サイゴンの街にはK-POPが流れ、韓国コスメが韓国系ドラッグストアで売られ、韓国の家電が高級品として人々に親しまれています。韓国は、経済的に、マーケティング的にベトナムの地を制したように見えます。ベトナムのスターはK-POPのスターにそっくりだし、若い人たちはみな、韓国スターのような格好をしていますし、乗っている車はヒュンダイです。
でもね、家電に親しみやすいアイドル、コスメ、家電に車って、これはかつて日本が打ち出していた商品たちじゃないですか。日本の独壇場だった場所に、ことごとく韓国資本が入り込んでいて、そしてここベトナムにおいてはどうやら韓国の勢いを止めることは不可能です。でも、現地で広告を見たりしても、韓国製品の広告はイケてるんですよね。残念ながら日本企業は勢いを感じない。
アジア地域でよく見るのは、この日韓の争いで、タイや台湾のようにまだ日本が強い地域もあれば、ベトナムやフィリピンのように、韓国系がかなり押している地域も多いです。そんな韓国の広告戦略や企業戦略に、日本企業も学ぶことがあるのではないか、というのが私の立場です。日本人として残念なのは、日本企業の広告が、韓国企業の広告より相対的に古く、ダサく見えていることです。特に、ベトナム人の平均年齢は33.4歳と、日本より圧倒的に若い国です。経済発展著しいベトナムでは、若者のほうが可処分所得も高く、若者にウケるマーケティングをしないことには日本企業は勢いを取り戻せないでしょう。
一方で、ベトナム人のなかではまだ、日本は成功しているセンスのいいアジアの国というイメージは残ってます。まだ日系企業にも巻き返しのチャンスがあると思います。ベトナムと日本の関係は深く、たとえば、日本人は普段意識しないですが、今、日本で在留している外国人労働者の国籍は、1位の中国人に次いで、2位がベトナム人なのです。みなさんの地元のコンビニやスーパーでレジ打ちしてくれたりする人、ベトナム人かもよ?

永遠のライバル。日本と韓国。おしゃれストリートに並ぶ日本食屋と韓国食屋。
今週の楽園で聴きたい音楽 To Te Ti/Wren Evans(ハノイ/ベトナム)
せっかくなので今日はベトナムでイケてる音楽を一曲紹介します。Wren EvansはまさにK-POPスターのような顔をしたハノイ生まれ24歳。母国のベトナム語に加えて、英語やフランス語も堪能です。
To Te Ti(ト・テ・ティ)は特に意味はないオノマトペで、この曲は、恋に落ちたふわふわした気分を、浮遊感のあるサウンドに乗せて歌っています。曲も本人もなかなかかっこよくないですか?まだまだベトナムポップは日本ではまったく無名ですが(お隣タイはちょくちょく日本でも好きな人がいる)、今後V-POPが日本でも流行る時代が来るかもしれません。
おわりに
助手「ああ。バインミーうまーい。もう一個食べちゃおうかな」
船長「そんなに食べてると夜ご飯食べれなくなるよ」
助手「いいのいいの。あ、バインミーもう一個、プリーズ」
船長「まったく。ベトナムは飯が安いからと行って豪遊しやがって」
助手「バインミー、カモーン。はい、これお代ね」
バインミー屋さん「カモーン」
助手「カモーン」
船長「なんだ2人でカモンカモン言い合って」
助手「船長知らないんですか? ベトナム語でありがとうはカモーン(Cảm ơn)なんですよ」
船長「知らなかった」
助手「船長もバインミー食べる? ここのバインミー美味しいよ」
船長「うーん。やっぱり食べるか」
助手「こっちで一緒に食べましょうよ。船長、カモーン(Come on)!」
船長「カモーン(Cảm ơn)」
バインミー屋さん「なんだ2人でカモンカモン言い合って」
助手「船長、“ごちそうさま”はなんて言うか知ってます?」
船長「カモーンだろ?」
助手「違います」
船長「じゃあCome on?」
助手「違います」
バインミー屋さん「お会計5個分ね」
船長「なんで!?」
バインミー屋さん「さっきから“もう一個(Come on)”って言ってたでしょ」
(つづく)
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