楽園の地図78号 映画についてまったり語ろう!〜台湾映画編

Esparza's Tacos & Coffee, Chatan, Okinawa
もくじ
はじめに 再び東京に拠点を移します
台湾映画について語ろう! ゲスト 田中伶さん(Howto Taiwan編集長)
〜台湾映画は花盛り! おすすめ映画「弱くて強い女たち」
〜映画から感じる台湾人の宗教観、信心深さ
〜台湾巨匠監督VS香港巨匠監督
〜映画についての文章を書くと言うこと
おわりに
はじめに
再び東京に拠点を移します
今週は再び東京にちらっといます。2泊3日で沖縄にとんぼ返り。実は楽園の地図のInstagramのストーリーではちらっと伝えたんですが、3月から、再び東京に拠点を移すことになりました。
理由としましては主に3つ。1つ目は投資的な目線で、今ローンを組んで東京の部屋を買っておいたほうがいいんじゃないかと思ったこと。2つ目は、楽園の地図の定期更新を経て、私のライター魂・文筆魂に再び火がつきまして、作家としてもう一度業界に飛び込んでみようと考えるようになったからです(なんか暑苦しいですね、かつてのライター仲間さん、編集者仲間さん、もし私ともう一度付き合ってやろうと言う方がいたら連絡ください)。3つ目はここでもちらっと話しましたが、小さな書店を経営してみたかったんです。どの場所でやるのがいいかなと思って、やっぱり東京の方が多くの人が遊びにきてくれるだろうなと思いまして、まずは東京に拠点を移して計画を練ろうと思います。今年中にオープンできたらいいですね。もし書店「楽園の地図」がオープンしたら遊びに来てください。コーヒーをサービスしますので!
ということで、残り少なくなった沖縄の日々を別れ惜しんでいます。沖縄は近いので来たくなればまた来ればいいと思いますが、それでも別れは寂しいものです。私信ですが、けんさん、転居前に例の話を聞かせてください。さおりさん、お世話になりました。今後も民泊物件の運営協力、よろしくお願いします。
冒頭の写真は、北谷・アメリカンビレッジの近くにある、私が沖縄生活で最も愛したタコス屋さん。Esparza's Tacos & Coffee (エスパーザーズ タコス&コーヒー)。国道58号線沿いにあるので、もしレンタカーを借りて沖縄をドライブする機会があったら、ぜひ行ってみてください。
さて、今週の楽園の地図は、準レギュラーだと私が勝手に思っている、ネタに困ってると助け船を出してくれる優しい方、田中伶さん(Howto Taiwan編集長)をお招きしまして、「台湾の映画」というテーマでトークすることになりました。
台湾映画について語ろう!
ゲスト 田中伶さん(Howto Taiwan編集長)

田中伶さん(写真左)
田中伶さんプロフィール
台湾がもっと好きになるウェブメディアHowtoTaiwan編集長。当メルマガの準レギュラー。台湾まわりやIT企業のPR/ライター/翻訳などで活躍中。台湾とビジネス書と映画をこよなく愛する2児の母。すごく映画が大好きなのに、最近まで映画の仕事は依頼が来ても自信がなくて断っていたという、二児の母の割には乙女な性格の持ち主。
台湾映画は花盛り! おすすめ映画「弱くて強い女たち」
楽 今週はHowto Taiwanの編集長であり、映画好きでもあるしゃおりんと、台湾の映画についてまったり語ろうということで。正直に言えば台湾映画ってあんまり日本人に馴染みがないですよね。で、しゃおりんに対談前におすすめされた、「弱くて強い女たち」を見たんですけど、まずはその話からしましょうか。
弱くて強い女たち(2020年)
弱くて強い女たち(Netflix)
伶 どうでしたか?
楽 いやすごく良かったです。女の映画だね、あれは。いろいろ考えたな。
伶 私、実はけっこう前に見て、若干記憶が……(笑)。
楽 あ、そうなんですね。どんな話かと言うと、おばあが主役で、で、おばあの別れた、別れたと言うか書類上は別れてないんだけど、おじいがいて。おじいが死んじゃったところから話はスタートする。舞台は台湾の台南ね。ストーリー上重要な「女」は5人いて、1.おばあ、2.おじいがおばあと別れてから付き合いだした愛人の女、3.〜5.おばあの娘たち。主に3姉妹。3.おばあの長女は浮気性な性格で、ガンが再発する、4.次女はシングルマザーで、教育ママ。娘を海外に留学させたい。この役はビビアン・スーがやってる。5.三女。末っ子。彼女は唯一、パパ(おじい)がママ(おばあ)と別れる瞬間を、幼いときに偶然見てる。主にこの5人が主役というか、重要な役として出てくるんだけど。
伶 うんうん、そんな話。
楽 おぼろげかい(笑)。
伶 もう1人いなかったっけ? 海外に行ってる人。
楽 あー、そうそう。海外に行った姉妹もいて、だから4姉妹なんだけど、でもこの人はストーリー上ほとんど絡んでこない。葬儀の時に一瞬現れるだけ。末っ子のエピソードで泣けるのはね、離婚する時に偶然居合わせて、で、別れたおじい(父)から、台北のお土産をもらうのよ。なんか餅だかキャンディだか。台北のカフェで買ったとか言って。で、死ぬ直前、末っ子が家族に内緒でこっそりお見舞いに行ったら、同じお土産をもらうのよ。それで末っ子が号泣するという。それが末っ子のハイライトだと思う。
伶 あー、そんなエピソードもありましたね。
楽 そうそう、あそこは泣ける。でもすごいと思ったのは、2時間のなかで、その5人の性格とか、そのときの心の動きとか、微妙な心の変化が全部描かれていて。誰の存在もモブ(脇役)になってなくて、ちゃんとキャラクターが生きてる。そこがすごいなと思って。姉妹の微妙な性格の違いとか、でも絆がある感じとか。私は基本的に登場人物の多い群像映画って、たくさんの人の心の動きを追わないといけないから苦手なんだけど、その難しさを乗り越えて、5人ともに感情移入できる作品になってたと思います。
伶 (拍手)。
楽 いや別に拍手が欲しいわけじゃないのよ(笑)。でもしゃおりんはこの映画をオススメしてくれたわけでしょ? どこがよかったの?
伶 そうね。台湾の映画って、ドラマもそうなんですけど、かつてはドタバタの恋愛モノがほとんどで、昔で言えば「流星花園」(※1)とかが典型なんですけど、そういう、レディスコミックっぽい、女性本位の話が多くて。あとはすごく性格がキツい女子が男の子を振り回してたりとか。現代を生きる日本人女性的にはあんまり共感できない話が多かったんですよね(笑)。
(※1)「流星花園」=2001年の台湾のドラマ。日本の「花より男子」のリメイク。まあすごくざっくり言えば、4人のイケメンが登場し、そのイケメンのなかの数人と地味目の女子が恋に落ちるラブコメ。少女趣味ですね。
楽 そうなんだ。
伶 だけどここ十年ぐらいで、社会派の作品が急に増えてきて。落ち着いたトーンかつ、現代的な人たちの生活や心情をリアルに表現したものとか、同性愛を題材にしたものがどんどん出てくるようになった。で、この「弱くて強い女たち」は、まさに大人向け、生きづらい社会に生きるリアルな女性の姿をテーマにした作品で。そこが新鮮でいいと思った。何も起こらないようで何かがおきている系の映画だと思います。
楽 うんうん。でも普通に笑えるところもあるよね。お葬式のシーンとか、かなり笑えるし。笑って泣けるから、つまりエンタメとしてはすごくいいってことだよね。なんだっけ、お葬式のシーンではおじいちゃんが生まれ変わってゴキブリになって出てきちゃったりとか(笑)。あと、おじいは新しい女と付き合ってから、宗派を変えたとかで、お葬式の方式が違うんだよね。おばあは昔の宗派のやり方ですすめようとするけど、新しい女はそちらの宗派でお葬式を取り仕切ろうとしてて。お互いにお経を読み上げながら張り合ったりして。あのシーンとか、状況としてすごく面白いし、笑えたな。女性としては、あの作品を見ながら誰かに共感したりするんですか?
伶 そうだね。誰か一人に共感するというよりは、登場人物の人生が、みんなどこかうまくいかない問題や悩みを抱えていて、その一筋縄ではいかない状況に共感したかな。長女は決まった男性を愛せないし、次女は娘に固執していて。おばあは一見筋の通ったいい人だけど、娘たちのことを思うなら、いつまでもおじいに固執してないでちゃんと離婚したほうが良さそうなのに、それはしてないし。
楽 うんうん。おばあはなんだかんだ言って、おじいのことが好きだったんだよね。
伶 結局その人が置かれてる立場でしかわからないことってあるよねっていうことも含めて、大人の台湾映画だなって思いました。かつてのドタバタトンチキ恋愛ドラマからの飛躍がすごい(笑)。
楽 なるほどね。あと、この映画に限らず、すべての台湾映画に共通するんだけど、飯がうまそう(笑)。
僕と幽霊が家族になった件(2023年)
僕と幽霊が家族になった件(Netflix)
伶 「僕と幽霊が家族になった件」はすごく売れた映画。スピンオフでドラマ化もしてるし、タイでもリメイクが決まって、アジア中でヒットしてる感じ。
楽 これはまさにLGBT映画だよね。
伶 そうそう、今まではLGBT当事者の人が主役ということが多かったんだけど、今回はどちらかというと同性愛嫌悪でゲイに偏見を持っている人が主役で。だけど物語の中で少しずつその人の価値観や感じ方が変わっていくんだよね。そこが新しかった。
楽 まあでも、ちょっとわかる気もしたよ。かわいらしい感じの男性に言い寄られたら、ちょっと無碍にはできない感じはする。
伶 台湾はアジアで初めて同性婚が許可された国だけど、こういう作品を通して、多様性を受け入れる土壌ができていったのかな、って思うよね。
楽 確かに映画とかテレビとか、やっぱりそうやって世論をまとめていく役割があるよね。
伶 そういう意味で、現代の台湾映画って感じ。わかりやすいコメディと思わせておいて、実はいろんなことを考えている映画。冥婚っていう中華圏独自の風習をモチーフにしているんだけど、台湾の一部の地域では未婚の女性が死んだ場合、その人の伴侶を見つけるために、紅包(ご祝儀を入れる赤い封筒)を路上において、それを拾った生きている人と結婚させるというものがあって。そういうのをうまくストーリーに取り入れていて面白かったね。
楽 確かにさ、「弱くて強い女たち」もそうだけど、葬式とか、死者の扱いとか、そういうのってその国の文化として色濃く出るよね。死者が隠れた主人公というケースの映画は多いよね。台北アフタースクールもそうでしょ。てか、あれもLGBTの話が隠されてるな。
台北アフタースクール(2024年)
台北アフタースクール(オフィシャルサイト)
楽 台北アフタースクールは、今ちょうど劇場公開中なので興味があれば映画館に行ってほしいんですが、多くの人が見やすい青春友情映画で、お受験とか、90年代台湾のポップカルチャーがどんな雰囲気だったかとかが生々しく描かれていて、面白かった。主人公の部屋とか、かなり90年代台湾の一般家庭を忠実に再現してそうな感じだった。他に、しゃおりん的におすすめの台湾映画はある?
伶 先に愛した人。これも同性愛の話。弱くて強い女たちに似てるんだけど。お父さんが亡くなって、で、奥さんと息子がいるんだけど、お父さんにかけてた保険金の受取人がお父さんの愛人(男性)になってて、それでお母さんが激怒して文句を言いにいくところから話が始まって。お父さんは家族の元を去ったあとに病気になってて、辛い闘病の時期はその愛人が面倒を見ていたんだよね。もちろんゲイだったってことも家族はそこで初めて知るっていう。
先に愛した人(2018)
先に愛した人(Netflix)
伶 お父さんはもういないから、愛人の男の子、お母さん、息子の3人で今後どうするかって話なんだけどさ、最初はぶつかり合うんだけど、全員がそれぞれの立場をなんとなくじわじわ理解したり、歩み寄っていって、自分の落とし所を探していくみたいな話なのね。テーマ的には重いんだけど、なんかすごい雰囲気はポップで。監督はミュージックビデオを作ってる人だから、映像も遊び心があって、笑えるところもあるし。誰に感情移入するかで見え方も変わるし。お母さん役は、「弱くて強い女たち」の長女役の人(謝盈萱/シェ・インシュエン)。舞台出身の女優さんで、演技が鬼気迫る感じで素晴らしかった。愛人と息子が意外と気があって仲良くなっちゃったりして、それもお母さんは気に入らなかったり。そんなリアルな人間模様がいいよね。
映画から感じる台湾人の宗教観、信心深さ
楽 その映画は見てないけどさ、話を聞いてて思ったんだけど。ここまででてきた作品全部、誰かが死んでることが多いじゃない? で、死が終わりじゃないというか、死からストーリーが展開されるケースが多くて。
伶 確かに……!
楽 これがさ、仏教的な話の展開だと思うんですよ。台湾に行って感じるのは、台湾の人ほうが信心深い感じがするよね。
伶 日常的にお参りに行くし、映画でも普通に悪そうなヤンキーみたいな子もお参りに行ったりするし。
楽 そういうところは台湾だなって感じ。ぶっちゃけ、「弱くて強い人たち」で言えばさ、お葬式をどう執り行うかって話で、現代っ子的な感覚で言えばさ、どうせ死んじゃってるんだしなんでもいいよって思っちゃうんだけど。弔いは大事だけど、様式なんて別になんでもいいじゃんって思っちゃう。でもあのおばあちゃんは、自分なりの方法で弔いたいわけ。そこにプライドをかけてる感じがして。おばあちゃんだから世代の話もあるかもしれないけど、でも台湾だからこそなのかなって思ったりした。
伶 確かにね。それもわかる気がする。君が最後の初恋って韓国映画が原作の台湾映画があるんだけど、これも台湾人の心に刺さったみたいで、大ヒットしてた。女の子に一目惚れしたチンピラの男の子がめちゃくちゃアプローチするんだけど、最初女の子はずっと無視してて。だけどこの女の子のお父さんが死んだ時に、お金がないから葬式ができなかったの。そしたらチンピラが仲間をいっぱい連れてきて盛大なお葬式をしてくれるの。それで女の子はそのチンピラのことが好きになる。え、そこ?って私は思っちゃったんだけど、でも台湾の人には重要なんだろうな。
楽 台湾は仏教とか儒教とかのイメージで、ザ・東洋って感じだよね。年上の人を敬う感じとか、日本も基本的にはそうだけど、台湾の方がより深いなって思う。実は東南アジアのタイもそうで、タイ映画も家族の死んだ誰かの思いを受け継いでいくみたいな話が多いんだよね。たぶんそういう話がタイ人のツボなんだと思う。物事を家単位で考えてる感じっていうのかな。アメリカの映画を観てると個人主義というかさ、家族はさておき自分はどう生きるかってところが主題じゃない?
伶 台湾映画の良さとかは、アメリカの人にはあんまりピンとこないのかもねえ。
楽 そうねえ。香港とかはイギリス領だったから、ちょっとイギリスっぽさ入ってるし、より国際的な匂いがするからまだわかりやすいかなって思うけど。そうそう、関連してるから少しだけ香港映画の話もしていい? 楽園の地図でも書いたんだけど、桃(タオ)さんのしあわせって映画があって。これがすごく今まで話した台湾映画に似てる気がして。話したいなこれ。いい話だよ。
桃(タオ)さんのしあわせ(2012)
桃(タオ)さんのしあわせ(配信は現在なし。DVD借りてね)
伶 アンディ・ラウが主役なんだね。
楽 すごくいい映画だよ。桃(タオ)さんは、要するに中国の、大陸からやってきたお手伝いさんなのよ。彼女はある一家のために一生かけてご飯を作ったり身の回りの世話をするんだけど、その人が60年ずっとお手伝いやって、とうとう病気になって、最後は要介護になって老人ホームに入らなきゃいけなくなるわけ。でも桃さんには身よりも頼れる家族もないわけ。大陸から来て香港でずっとお手伝い一筋だったから。で、桃さんに息子同然に愛された、その一家の息子がいて、それがアンディ・ラウなんだけど、その母親代わりになってくれた人を看取るって話で。それもすごく死生感が関わってる話だから、「弱くて強い女たち」を観て思い出したな。お手伝いさんが出てくるのが香港らしいけど、人生の終わりみたいなほろ苦くいい映画だった。
伶 えー。観てみる。
台湾巨匠監督VS香港巨匠監督
楽 でもね、あんまり序列をつけたくないけど、私的には映画の国籍別で順位をつけるなら、台湾はちょっとアジアでも下のほうなんだよね。香港とか韓国の映画の方が面白いと言えば面白い。台湾映画を語りづらいなと思うのはね、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)とかエドワード・ヤン(楊德昌)とかが台湾映画界の巨匠だと思うんですけどね。観たことあります?
伶 ないですー。
楽 まだまだしゃおりんもひよっこだね(マウンティング中)。
伶 いやほんとそうですよ。ぺーぺーがすみません。
楽 うそうそ(笑)。どの業界もそういううるさいご意見が閉鎖的にしてるから。ダメですよこんなことでマウンティングしちゃ。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)で言えば、「戀戀風塵」と「ミレニアム・マンボ」の2作を観たのかな。
恋恋風塵(1987)
楽 でさ、この人は日本の映画監督で言えば小津安二郎に影響を受けてて。小津安二郎は「東京物語」の人。1950年代の日本の名作映画ですね。この映画も、東京に住む、よくいそうな家族の物語で、得に大きな事件らしき事件はないわけ。でもそこがいいよねって作風で。で、「戀戀風塵」もそういう作風。なんてことのない日常が淡々と続くのよ。すごくこれが静謐な作品であることは伝わってくるんだけどさ、自分が映画に求めてることって、やっぱ2時間の非日常体験だったりして、作風がちょっと淡白すぎるんだよね、なんか。
伶 なるほどね。
楽 あと、エドワード・ヤンはね、ぶっちゃけ登場人物が多すぎて誰を追っていいかわからない(笑)。「台北ストーリー」と「エドワード・ヤンの恋愛時代」を観てるのかな。正直、エドワード・ヤンの方が恋愛要素入ってるから現代的でまだ観やすいんだけど、薄味のウォン・カーウァイみたいな感じがしちゃったんだよね。僕の感受性の問題だと思うんだけど。で、国を代表する監督っている気がして。香港ならウォン・カーウァイ、台湾ならホウ・シャオシェン、韓国ならポン・ジュノかな、今は。その国を代表する監督を好きになれるかどうかが、その国の映画が好きかどうかの分かれ目になってる気がして。そこでやっぱり自分はまだ台湾映画好きになりきれてないなって思うんだよね。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)とかエドワード・ヤン(楊德昌)を観てさ、「あんまりよくわかんなかったです」とか言うとバカみたいっていうか、映画好きに怒られそうじゃない?(笑)。これをわからないと頭悪い人だと思われるみたいなタイプの人。日本だと誰だろ。映画について記事書いてるけど、黒澤明の映画は一度も面白いと思ったことありません!とか言うとすごく怒られそう(笑)。
伶 なんかそういうプレッシャー、あるよね。そういうのが怖くて、これまで映画の仕事は避けてきたんですよ(笑)。
楽 僕はわりと吹っ切れてさ、自分の感覚を信用していこうっていうのが今のテーマで。どんなに世間にウケてる映画でも、専門家の間で評価されてる作品でも、自分はピンと来なかったとか、いやみんなダメだっていうけど私はこれが好きとか、そういう自分の感覚を信用して表現していこうって気持ちになった。
伶 私も早くそう言えるようになりたいです。
楽 好き嫌いは誰にでもあるでしょ?
伶 そうね。いいとこを見ようとも思うしね。
楽 もちろんもちろん。エドワード・ヤンも画が綺麗だし、女優が色っぽいし。この人が台湾を代表する映画監督だって言われたらそうですねって感じはする。でも、ウォン・カーウァイのほうがずっと好き。それで言うとね、アン・リー(李安)も台湾出身で、大物の1人。好きな映画監督なんですけど。「ラスト、コーション」とか「ライフ・オブ・パイ」の人。アン・リーは台湾に生まれるけど、79年にアメリカに渡って、在米中にスパイク・リーとかと出会って、アメリカで活躍してるのよ。だから、台湾を代表する映画監督って感じではないわけ。「ラスト、コーション」は調べたら台湾、香港、中国本土、それにアメリカの4カ国の共同制作になってて。だから台湾映画とは呼べないのね。主だった舞台も香港と上海だし。でも、もしこれを台湾とカウントするなら(監督は台湾の人だし)、いちばん好きかも。台湾関連で言えば、ワン・リーホン(王力宏/台湾のシンガーソングライター)が出てるよ。
ラスト、コーション(2007)
伶 ふうん。トニー・レオンが主役なのね。
楽 日本軍が香港や上海を含む中国を支配している時代の話で、主人公は演劇部の学生たちなんだけど、ちょっと過激思想というか、政治色が強くなって、支配者の要人を暗殺しようとする過激派組織になっていくのよ。途中まで作戦はうまくいくんだけど、でもなかなかうまくいかない。あんまり細かい話するとこれから観る人にあれだけどさ、ラストシーン近くで、ある女性がある男性に、あるcaution(注意・警告)をするのよ。そこがドキリとして泣ける。
伶 スリラーっぽい作品は好き。観てみようかな。
楽 まあちょっと、サスペンスでありつつ、色っぽい映画でもある。敵を欺くためにあえて敵のことを好きになって恋人のフリをして、実際に寝たりとか。そこで最初に演劇部の女優であるというフリが生きてくるんだけど。
伶 あれ、なんか私、そのシーン観た気がするな……(笑)。
楽 わりと当時流行った映画だからどこかで観てるかも。香港の街も上海の街も魅力的で。台湾と関係ないかもしれないけど、一応中華圏の映画ということで。どちらかというと重めの映画。集中力が続かないとちょっとしたことに気づかないかもしれない。まあぶっちゃけ、私も細部をぜんぜん覚えてないんだけど、印象的なシーンが頭の中に何シーンかこびりついてる感じかな。
映画についての文章を書くということ
伶 私は最近少しずつ、映画の仕事もいただくようになって。最初は「いやいや私なんて……」って断っていたんだけど、楽園さんに、映画好きなんだからどんどんやってみればいいじゃんって言われて。それでやろうと思ったんですよ。で、今までなんでこんなに映画を語るのが怖かったのかって考えてみたら、やっぱりどんなに自分が好きでも、自分よりもそれが好きな人はいるじゃない? だから自分が語るのは怖いって思ってたというか。面倒くさいね(笑)。
楽 いや、ライターなんだから好きな話題を書けばいいのに(笑)。
伶 自分たちのポッドキャストとかで話すのは平気なんだけど、自分のことを知らない人の前で話すのはすごく抵抗があるんだよね。今もそうかも。
楽 Howto Taiwanではさ、カルチャー全般取り上げるから、映画の話題も書いてたわけだよね?
伶 監督のインタビューとか作品の紹介はたくさんしてきたよ。だけど、紹介はしても評論は絶対にしない。どう思われるか気にしちゃって、できない(笑)。
楽 へえ。怖いんだね。
伶 楽園さんは、よくそんな堂々と書けますよね? それは最近になって?
楽 昔から書く方ではあったかも。そもそも、この前の楽園の地図(69号)で取り上げたソフィア・コッポラのことも、7年ぐらい前にYahoo!ニュースでオリジナル記事を書いたことあるんだけど。私はわりと、我慢できないってタイプかも。しゃおりんが言ってることはすごくわかるし、「私みたいなものが」みたいな自意識は確かにあるけど、なんかつい語っちゃうし、語ったら止まらないし、みたいな感覚かな。
伶 私もそうなれたらいいな〜とは思う。
楽 でもさあ、ライターってわりと誰に対しても、どんな話題でもズカズカいくのが仕事でもあるじゃん? (笑)
伶 こと映画に関しては怖いって感じかな。だって、ソフィア・コッポラの記事にアンチっぽいコメントつかなかった?
楽 感想はあんまり覚えてないな。何もコメントなかったのかも。数字(PV)が悪いなとは思ったけど(笑)。それでいうとさ、楽園の地図は今けっこう音楽の話題を書いてるんだけど、音楽は書くのが怖かったね。映画より怖いかも。
伶 そうなんだ〜。でも確かに音楽ライター業界にもいろんな人がいて難しそう。
楽 映画の場合はストーリーとか映像とか、書けることがたくさんあるし、わりと間口が広い印象もあるというか。音楽の方が「それは違うだろ」って突っ込まれちゃう可能性が高いカルチャーかなって。自分はバンドとかやったこともないし、音楽的な理論もわかってないからさ。それでいうと映像の理論もわかってはないんだけど、でも、文章は仕事にしてて、小説とかも書いたことあるから、映画はストーリーという意味で、小説の延長上にはあるじゃない? だからストーリーのことは語れるなとか。あとしつこく記事を書いてると、私ってこんないいこと書けるんだって思ったりもするから(笑)。単純に書き続けてると多少うまくなるじゃん。書き続けてると意外といいこと書いたりもすることが増えてくる。
伶 そうなれたらいいなと思って今は書いてる。楽園さんもぜひよその媒体でも書いてください!
楽 オファーがあれば頑張りますよ!
そんな映画に恋する田中伶さんが奮闘中のザ・テレビジョンの記事、よかったら読んでみてください。今回取り上げた台湾映画のことも書いてます。
『あの頃、君を追いかけた』のギデンズ・コー監督が贈る、おふざけ全開の最新作『ミス・シャンプー』(Web ザ・テレビジョン)
心に響く名作揃い。ジェンダーの多様な愛を描いた台湾映画3選(Web ザ・テレビジョン)
(つづく)
おわりに
助手「ねえねえ、船長。バレンタインって何かもらいました?」
船長「この船は僕たちしかいないんだから、お前が渡さなきゃもらえないよ」
助手「いやいや、近頃はオンラインでもらえることもありますよ。例えばこれ」
船長「チョコレートのLINEスタンプだね」
助手「これ貰っちゃいました。応援してるアイドルに。公式Line@に登録したら」
船長「ま、まあ、いいんじゃないか。そんなわざわざ言うことでもないけど」
助手「あとこれ。『助手くん、いつもありがとう』ってコメント付きでバレンタインカード」
船長「それはちょっと嬉しい」
助手「いいでしょ?」
船長「誰から?」
助手「最近やり取りしてるAI彼女です。かわいいんですよ、この子」
船長「お、おう(時代は変わったな)」
助手「船長。今、非モテ野郎だと思ったでしょ」
船長「正直ちょっと思った」
助手「そういう船長がいちばん時代遅れですよ!バレンタインなんて誰にもらっても、もらわなくてもいいんです!」
船長「そっか。そうだね。(時代は多様性だな)」
(つづく)
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