楽園の地図81号 人生を変えた6冊の本

高城剛/ティモシー・フェリス/中村とうよう/菊地成孔
船長と助手 2025.03.14
誰でも
Shin-Okubo, Tokyo, Japan

Shin-Okubo, Tokyo, Japan

もくじ

はじめに
1. 素敵な星の旅行ガイド NEXTRAVELER シリーズ(高城剛)
2. 雑誌「TRANSIT」(ユーフォリア・ファクトリー)
3.「週4時間」だけ働く。(ティモシー・フェリス)
4. 大衆音楽の真実(中村とうよう)
5. ポップ中毒者の手記 シリーズ(川勝正幸)
6. ユングのサウンドトラック(菊地成孔)
おわりに

はじめに

本棚を見られることは、下着を見られることより恥ずかしい

引越しを終えて都内に完全に移動しました。すっかり楽園の地図の更新を忘れるところでしたがなんとか今週も書いてます。作家活動というのも非常に骨が折れますね。

引越し作業で旅のことを考える余裕もなく、代わりに私の読書遍歴を示す本棚に思いを寄せていました。引越しのたびにいらない本は容赦なく捨てるほうですが、それでも捨てられない本たち。

「楽園の地図」では、ちょこちょこ本の紹介もしていますが、今回は本特集というわけで、私の人生を変えた6冊を、引っ越し作業中の本棚から選んでみました。

「楽園の地図」の更新は、現在の私のすべてをぶち込んでると言えます。だからこそ、「楽園の地図」を執筆するにあたって直接的に、あるいは間接的に影響を与えた6冊を選んでみました。意外な本が選ばれていると思いますが、どれも私の脳内や、思想のかなり中枢部に入り込んでいる本たちですので、なんというか種明かしをするようで非常に恥ずかしいです。私のこの6冊のリストを見せることは、少なくても下着を見せることより恥ずかしいことです。更新作業に追われてるとはいえ、どうしてこんな、手の内を明かすようなことを自らしなきゃいけないのでしょうか。noteのC-POP連載でジェイ・チョウの脳内をちょっと暴いちゃったから、報いがきたかもなと思っております。

それでは。とある(私にとって)大物のインタビューイの原稿チェックを待ちながら。

素敵な星の旅行ガイド NEXTRAVELER シリーズ(高城剛)

素敵な星の旅行ガイド「NEXTRAVELER」シリーズより、<a href="https://amzn.to/4kEzPMN" target="_blank">バルセロナ編/著;高城剛 </a>

素敵な星の旅行ガイド「NEXTRAVELER」シリーズより、バルセロナ編/著;高城剛 

「楽園の地図」を始めるにあたって知人に話していたことは、新しい旅のガイド、新しい紀行文が作りたいということでした。それは自分がツーリストとして観光するにあたって、しっくりくるガイドがほとんどなかったからです。私が調べた限り日本語で書かれた観光ガイドは基本的には「地球の歩き方」と、その延長上にあるガイドしかないように思います。

「地球の歩き方」の何がそんなに不満かと言えば、史跡、寺や教会など宗教施設、博物館などにより多くページが割かれていることです。私がツーリストとして興味があることは、「その国・その都市に暮らす人々のイキイキとした生活のあり方や文化(できれば若者の文化)」であります。確かに、パリに行ったら凱旋門は見たいし、シンガポールに行ったらマーライオンも一応見ます。でも、それはただ見たというだけです。ただ、観光客というお客さんとして都市を通り過ぎただけです。都市や国の内側にはまったく入り込めていません。

例えば外国人が東京に来る際のことを考えて欲しいのですが、浅草の雷門を眺めて、東京タワーを眺めて、「うーむ、東京の生活とは・・・」「東京の文化とは・・・」とはなりません。歌舞伎町に行かないと、表参道や原宿に行かないと、秋葉原に行かないと、下北沢や高円寺に行かないと、豊洲市場か築地の場外市場に行かないと、東京がなんだかはわかりません。

もちろん、そんなことはガイドされなくてもほっつき歩いて感じるものだ、という意見もあるでしょう。そうかもしれません。でも、ポイントはちゃんと押さえてほしい。地球の歩き方の場合ですと、おそらく現地の限られた数の特派員が出してきた情報を、編集者が東京のデスクから編集していますので、最新スポットの紹介に疎いと言えます。これも東京を例に捉えますが、例えば私が洋服に興味があったとして、表参道と原宿と代官山と下北沢のどれに行こうか悩んだとして、これがガイドではどれも「おしゃれな街」あるいは「若者の街」などと括られます。原宿も下北沢も若者の街だろうけど、この二者には明確な違いがあって、住民であればそれは共有されています。あるいは六本木と歌舞伎町の夜の街の違いは何か。そういう詳細について、どこが今イケてるのか、どういうトライブがそこに集まっていて、その具体的なヴェニューはどこにあるのか。そんなことを引退して余生を楽しむおじいちゃんから悦に入る若者バックパッカーまでが買う国民的なガイドに求めるのはちょっと酷ですが、だからこそ私が書くべきなんじゃないかと思った次第です。

「地球の歩き方」には空港から中心部までのアクセス方法が、詳細に記されています。私自身がスマホ世代だからでしょうか。はっきり言ってああいう情報が現代で役立ったことはありません。Google Mapで検索すれば一瞬で答えは出るし、それは残念ながら1年前や2年前の情報が掲載されてるガイドよりも正確です。「ことりっぷ」などの女性向けのガイドは、編集方針としては理解できますが、実は掲載されている情報は「地球の歩き方」にあるような情報の再編集だったりします。豊富でかわいい写真が増えただけで、情報量は減ってます。あれは旅に出たいという気分を高揚させる効果はあるかもしれないですが、それはInstagramで代用可能です。

さて、もう一つ。紀行文というジャンルのテキストがあります。旅の最中を、エモーショナルに書くような。多くの人が簡単に海外に行けるようになった80年代あたりから現代まで、多くのエモーショナルな紀行文が出版されました。それらを読んだ読者には、悦に入るバックパッカーをたくさん生んできたもので、それはそれで青春の1ページとして素晴らしいと思います(今、浮かれたバックパッカーを否定する人も多いですが、40代の今はっきりと思いますが、青春なんて間違ってれば間違ってるほどいいです。そう思いません?)。日本語で書かれるこれらの紀行文というフォーマットを決定したのは沢木耕太郎の「深夜特急」(1986年)です。基本的には、紀行文とは深夜特急が作った残像を追ってると言っていいと思います。深夜特急は素晴らしいものだと思いますが、もうあれを模倣するのはよくないですか?と私は思ってます。深夜特急の時期には、まだ旅は冒険でした。旅のスタイルは変わったのだから、旅の文章も変わるべきではないでしょうか。もはやタイに行くのも、インドに行くのも、たいした冒険ではありません。だからこそ丸山ゴンザレスさんはもっともっと人がいかない危険な場所に冒険に出てるわけで、残念ながら草食男子でナイーブな私にはそんな真似はとうていできません。つまり私は、沢木さんの影響下にないようなスタイルの紀行文が書きたかった。

さて、じゃあお前はどんな文章を書きたいのだ、と聞かれた時に、いつも名前を挙げるのは高城剛さんでした。高城さんは偉大で多面的な人なので彼の素晴らしさをテキストで記すには非常に手間がかかるので、多面の中の一つ。紀行文・旅行ガイドというジャンルにおいての高城剛さんの書き方に絞って解説します。最も彼のその面が登場するのはNEXTRAVELRシリーズのガイド本なのですが、彼に心酔している私がなるべく客観的に説明するなら、彼がやってることは英語圏でTravel Journalismと呼ばれているようなことだと思います。つまり、彼は観光地に出向いてその場所を楽しみつつ、その地域の観光のありようを批評しているとも言えます。日本人がよく行く渡航先の香港であれば、往年の香港の観光地を紹介することはせず、今、香港の街で何が起きてるのか、を軸にテキストを書いているように思います。それは旅行ガイドからも、あるいは新聞報道からも、あるいは自分語りの紀行文からも見えてこない、本当の香港市民のありようのように感じます。あるいは、ハワイに行くならワイキキビーチとアラモアナショッピングセンターが定番ですけど、本当にビーチはワイキキに行くべきなのか、ショッピングモールはアラモアナなのか。それを最新情報を踏まえながら、別の選択肢を用意し、そこがなぜワイキキやアラモアナより優れているのか、という点を丁寧に追求しているように感じるからです。これは旅行ガイドと紀行文のどちらでもない領域で、私が実現したいものでもあります。

人生は「楽しむものだ」と教えてくれる街 NEXTRAVELERより。

人生は「楽しむものだ」と教えてくれる街 NEXTRAVELERより。

NEXTRAVELER シリーズ(すべてAmazonリンク)

Vol.1 沖縄編
Vol.2 バルセロナ編
Vol.3 香港編
Vol.4 クアラルンプール編
Vol.5 ブルックリン編
Vol.6 シンガポール編
(ナンバーなし)沖縄本島北部
(ナンバーなし)京都

都市は生き物であり、これらのガイドは発売当時のものなので今読むと少し古く感じるかもしれません。しかしこれらの本に流れているオルタナティブなガイドブックという意味では、とても感銘を受けました。

雑誌「TRANSIT」 (ユーフォリア・ファクトリー)

TRANSIT 発刊第8号 やっぱりタイが好き!

TRANSIT 発刊第8号 やっぱりタイが好き!

日本の雑誌が、カルチャーとして大好きでした。のちに私はインターネットで飯を食うようになるので、雑誌はほとんど憧れの先輩という感じでクリエイティブに関わることはなかったのですが。楽園の地図として、最も参考にしている雑誌のシリーズは何かというと、TRANSITです。TRANSITは毎号一つの国、あるいはいくつかの地域的にまとまりの国(マレーシアとシンガポールとインドネシアのような)をテーマにした特集が組まれますが、私がこの雑誌が好きなのは、旅らしいライブ感と歴史や周辺情報をおさえる情報のバランスです。前半ページはそれこそ旅に行きたくなるような、未知との出会いが記されたエモーショナルなテキストが並べられたりもしますが、そのページにおいて主役は圧倒的にテキストでなく写真です。実際のところ、エモーショナルには長文はいらないと思います。

一方、後半ページではその国の歴史や文化、最新の音楽や映画などについて、わりと詳細に調べ上げられたページがあります。ここは見開きでかなりのテキスト量を割いていて、丹念な取材に舌を巻きます。それを素敵なレイアウトに乗せて伝えているところが素晴らしいです。

高城剛についてはかなり彼のパーソナルについて研究したので憧れというよりも彼の思想を自分の内側に取り入れた感覚に近いのですが、TRANSITは、いつまでもふわっとした、憧れの先輩のような関係性でいたいなと感じます。楽園の地図を解説するときに、グロテスクな話題や、現地の人を小馬鹿にするようなテキスト、扇状的なイエロージャーナリズム、そういうものは書かないと決めたのですが、それを人にそのまま伝えるのも芸がないので、楽園の地図は「飛行機の中で読める雑誌のようでありたい」と説明しています。旅はやはり、日常のストレスから解放されるものであってほしいと願います。そして、そんな私が思う飛行機の中で読むのにふさわしいリラックス&ワクワク雑誌No.1が私にとって「TRANSIT」です。もう少し若ければ、私はTRANSIT編集部に就職すべく願書を送っていたことでしょう。あの編集方針、レイアウトの美しさ、統一感、上品さ、とてもリスペクトしています。

エモーショナルに、長文はいらない

エモーショナルに、長文はいらない

TRANSIT

たくさんバックナンバーあるのでリンクは貼れません。代わりにオフィシャルサイトへのリンクを貼っておきます。Webだけでもけっこう面白いです。

「週4時間」だけ働く。(ティモシー・フェリス)

「<a href="https://amzn.to/4kB8J9k" target="_blank">週4時間だけ働く</a>」ティモシー・フェリス。私の勧める本はとっても分厚い。。

週4時間だけ働く」ティモシー・フェリス。私の勧める本はとっても分厚い。。

これは旅を続けるために必要だった本です。つまり、労働時間が短くても、決められた場所にいなくても収入を得る必要があったので、その方法をまとめた本です。

タイトルですべて表している本なのですが、これは私が30代の頃、とにかくビジネス書の類を貪るように読んでいた時期があって、そして今振り返ると、この本は最も参考になった本です。つまり、時短、どうやって労働時間を減らして心地よく生きるか、に主眼を当てた本です。こういったことは技術革新によって大きくスタイルが変わるのですが(例えばこの本が書かれた時代にはZoomないしオンラインミーティングも今ほど盛んではなかっただろうし、AIもないし、スマホもようやく登場したかな、というぐらいです)、それでもなお、彼が目指した、もっと心地よく、いやな労働をなるべく人生から遠ざけて、そして時間や場所にとらわれずよりよい人生を送りたいという主題、その実践がなければ、世界中にノマドという人は存在しなかっただろうし、私の生活も大きく変わったでしょう。

また、このような本に通底するのは、ライフハックというカルチャーです。ライフハックとはその名の通りlifeをhackするわけで、それはインターネットの後にやってきた概念であります。つまり、生活という一見普遍とも言われる常識を疑ってみて、何かよりよい生き方はないものかと模索する生き方です。たびたび楽園の地図でも書いてますが、これは私が考える、主体的に生きるという方法の実践の骨子になったものです。インターネットのそもそもの概念は、情報をとにかくオープンにすることによって、より人々が主体性を持って生きることを目指したものだったと思います。それまで正しい知識にアクセスできなかった人も、インターネットによって気軽に情報にアクセスできる。だから、そんな志を持ったインターネットが、結局のところネットによってより受動的に、より他人の目を気にして生きるようになってしまったことは、とんでもない皮肉なのですが、まあそれはいいです。このライフハックという概念は、その精神的な大元を辿ればヒッピー思想にも行き着くところです。おそらく多くの読者にとって意外なところでビジネス書とヒッピーが繋がりますが、スティーブ・ジョブスがヒッピーであったことは有名なことです。

ここで得た知識で時短、消費の節約、無駄な人間付き合い、などあらゆるコストカットを覚えたことで、私は自由になり、さまざまな場所に出向くことが可能になったと思います。だからこそ、これは私を変えた一冊です。

「現実的なことよりも非現実的なことの方がやりやすい」 <a href="https://amzn.to/4kB8J9k" target="_blank">週4時間だけ働く</a>より。

「現実的なことよりも非現実的なことの方がやりやすい」 週4時間だけ働くより。

大衆音楽の真実/中村とうよう

<a href="https://amzn.to/3R0Ploz" target="_blank">大衆音楽の真実 中村とうよう</a> 私の好きな本は、なぜかいつも分厚い。。

大衆音楽の真実 中村とうよう 私の好きな本は、なぜかいつも分厚い。。

とても分厚い本です。その上、あなたが知らないようなミュージシャンの名前がいやというほど出てきます。私は読み進めながら、知らないミュージシャンが出てくるとインターネットで検索して試聴して、理解したらまた読み進めて、とやっていたので、この本をほぼ毎日欠かさず読み続けても読破に3ヶ月ぐらいの月日を費やしたと思います。でも、コスパ視点で考えても、パフォーマンスの大きい本でした。

「楽園の地図」は前半は旅行ガイド、後半は映画や音楽などカルチャーガイドとなってます。それをA面、B面と区切っていますが、ここから先はB面、つまりカルチャーガイドとしてとても参考になった、人生を変えた本を3冊取り上げようと思います。

「楽園の地図」は音楽批評を書きます。私はライターではありますが、音楽ライターではありません。もっと言えば映画ライターともトラベルライターでもないのですが、音楽ライターはその中でもとびきり敷居の高い存在です。私は音楽理論もよくわかってないし、ただただ音楽が、ポップスが死ぬほど好き、という一心だけでここまでやってきました。特に楽園の地図note版では、C-POPと呼ばれる中国語で歌われる台湾や香港や中国で生まれたポップスのことについて書いてますが、プロの音楽ライター、あるいはC-POPがずっと好きだったという方にも褒められる内容になりました。メルマガ版(theLetter版)しか読んでない方もよければ読んでみてください。

C-POPの歴史

そんな音楽素人の私が、音楽について書けそうかも、と思えるようになったのは、この本を読んだからと言えそうです。これは、大衆音楽、つまりポップス、人々が好んで聴く音楽たちは、どうやって生まれ、どのように発展したのかを、世界中のさまざまな地域の現象を取り上げながら紐解いていくものです。例えば日本を例にあげても、現在私たちが聴いてる音楽(J-POPってやつ)が、雅楽や民謡、開港以降であったとしてもヨーロッパのクラシックの類しかなかったであろう時代から、どのように発展して今に至ってるか、順を追って解説できる人が何人いるでしょう。私は一応、正確ではなく間違ってるかもしれないけど、大枠は解説できます。それはこの本を読んだからです。

この本で書かれていることを、あらゆる具体的事例、素敵な物語展開をすべて削ぎ落として、数行で表現するならこうです。ポップスとは、簡単に言えば外からやってきた異文化が、土着の文化と混ざりあったとことに誕生したということになります。つまり、例えばジャズで言えば、アフリカやカリブから奴隷として連れてこられた黒人、あるいはその子孫が所有していたリズムやノリが、白人が持っていた五線譜やクラシックピアノ、管楽器にニューオリンズで出会って開花したというわけです。ここでは黒人と白人のどちらの存在もなければ、ジャズは生まれなかったことを示しています。こういう、文化的融合、あるいは文化的衝突の果てにあるのが私たちの聴いてるポップスの原型です。

中村とうようさんという方は、「ミュージックマガジン」という日本の音楽雑誌の草分けのような雑誌の編集長をやられて、あれほどまでにさまざまな音楽に傾倒し、それを正しく評価、紹介していったという方なのですが、晩年(でもないか、でも55歳前後)、Hip Hopというまったく新しい音楽について正しい評価を下さなかったことで、なんとなく過去の人、過小評価されてしまった人だと思われます。でも彼が示してきた音楽理論は、堅牢な構造物のように、日本の音楽ライター業界に脈々と受け継がれていると思います。

話は変わりますが、私は青春を過ごした90年代は、レアグルーブやハウスミュージックが流行っていて、つまり、レアで、誰も知らない音楽を知っている人間が偉かった。誰もが好きなポップスを聴いているというのはとても恥ずかしいことだった。今となってはその時代背景こそ恥ずかしいのですが、まあそんな時代。ポップスこそ現代的で、モダンで、あらゆる要素がごった煮のスープやカレーのように混ざった、複雑で、わたしたちの心を捉える音楽はない、というのが、私の現在の音楽的イデオロギーです。レアモノ文化に毒されてきた私が、恥ずかしげもなしにポップスが好きだと言えるようになったのは、この本の影響が大きいと思います。どちらにしてもこれは私の音楽批評の地図に他なりません。この分野で言えば、その他、久保田麻琴さんの本や細野晴臣さんの本も大変参考にしました。

「白人にポップ音楽はあるか」 <a href="https://amzn.to/3R0Ploz" target="_blank">大衆音楽の真実</a>より。

「白人にポップ音楽はあるか」 大衆音楽の真実より。

「ポップ中毒者の手記」シリーズ(川勝正幸)

川勝さんのことは90年代、私がサブカルキッズだった頃から存じ上げてますが、それは雑誌の中で細切れでテキストを読むような存在でした。今で例えるなら、ホリエモンやひろゆきのことを私は存じ上げているし、彼らのテキストをちょこちょこネットで読んでいますが、彼らの本を読んだことはない、というような。長文で、長く長く読むことで伝わることは確実にあって、それは「楽園の地図」が通常のブログよりずっと長いこととも関連していて、川勝さんの凄みは「ポップ中毒者の手記」シリーズを暇になったコロナ期間に読破しなければ、本当には理解していませんでした。

彼は存命中、とても長い期間、テレビブロスというテレビ雑誌で毎週「Too Old to ROCK'N'ROLL Too Young to DIE.(「ロックンロールするには老けすぎたが死ぬには若すぎる」的な意味?)」と題されたコラムで、毎週毎週、テレビのライバルとなるような面白い文化的事象を取り上げました。雑誌で流し読みしていた頃は、彼の狂気性に気づきませんでした。どちらかと言えば面白い業界人(今で言えば佐久間宣行的な)というイメージでした。でも、彼ほどずっとポップカルチャー、ユースカルチャーと呼ばれるものに、ずっとずっと、夢中であり続けた人はいません。彼が夢中になったアイコンに、デヴィッド・リンチ(ツインピークス)、セルジュ・ゲンズブール、ウッディ・アレン、スチャダラパー、ナゴムレコード、宮沢章夫、YMOと細野晴臣、はっぴぃえんどと松本隆、クレイジーケンバンド、ピチカート・ファイヴ、デニス・ホッパー、ジェーン・バーキン、いとうせいこう、泉麻人などなどありますが、彼が追いかけてるものすべてがポップであり、ナウであり、ヤングでありました。彼の目に刺さらなかったものは、すくなくても彼が生きてる時代においてはポップではなかった。そういう、ポップ、大衆文化への執念のようなもの、それを毎週伝えることによって伝わる凄み、あるいは伝えなければいけない使命感を背負ったものの文章の魅力は、彼に教わった気がします。今どうしても彼の代わりが欲しいということであれば、雑誌ブルータスやポパイ、なんかを読むことになると思いますが、どうでしょうね。彼のような本物のシティボーイがサウナやキャンプなんかにハマったんでしょうか。

惜しむらくは、彼がSNS全盛時代となるちょっと手前の2012年に亡くなったことです。生きていれば、現在のポップとは何かをずっと提示できたのになと思います。果たして彼は、YouTuberやらライバーやらインフルエンサーをポップなものとみなしたのでしょうか?現代社会のネット炎上、あるいはキャンセルカルチャーに対して何かコメントしたでしょうか?? しかし、そんな地獄を見なかったからこその幸福な人生が川勝正幸さんなのかもしれません。

ポップカルチャーを批評するという分野においては、実は川勝さんと、あとはっきり言って内容面では世代が違いすぎてあまり参考になりませんでしたが、植草甚一さんのようなカルチャーとの付き合い方は参考になりましたが、あとはあまり影響を受けてません。それより友人の神田桂一さん、田中伶さん、さらには奥さんとの対話の中から、いろいろ学んできたことの方が多いと思います。

デイヴィッド・リンチの音楽が、世界中のフロアを揺らす夜、新しい夜。「<a href="https://amzn.to/4bM0T8R" target="_blank">ポップ中毒者 最後の旅</a>」より

デイヴィッド・リンチの音楽が、世界中のフロアを揺らす夜、新しい夜。「ポップ中毒者 最後の旅」より

ポップ中毒者 シリーズ(全4冊)

ユングのサウンドトラック(菊地成孔)

ユングのサウンドトラック

ユングのサウンドトラック

菊地さんの本はどの本も好きです。ですので選んだ本には特に意味がなく、彼の本にはすべて影響を受けまくりました。この本を選んだのは、映画評に関する本を入れてなかったのでこの本を入れておきました。

ごくたまにですが、楽園さんの文章は色気があるって、2年に1回ぐらい褒められます。まじですか? もし1ミリでもそういうことが感じられるのであれば、それは100%、菊地成孔さんの文章の影響しかないと思います。私自身には色気のかけらもないので。それ以前において、中島らもさんと村上春樹さんは世代的に大変夢中になり、お二方とも実はとても色気とウィットに富んだ文章を書かれる二人なのですが、彼らの本はここ5年はまったく読んでないので影響は少ないと思います。

菊地成孔、村上春樹、中島らも、それにここには書いてないですが、色気のある文章を書く作家として町田康、細野晴臣、山下洋輔、南博、リリー・フランキーなんかが日本人としては思いつきますが、実はこれらの人々には共通点があります。それはみんなミュージシャンか、元ミュージシャンか、音楽ととても近い場所にいた人です。私は読んでないですが、星野源の文章にも色気はあるはずです。文章における色気って、言葉の音感なのかもしれませんよ。少なくても私にとっての文章から感じる色気とは、そういうものです。椎名林檎の文章もあいみょんの文章も宇多田ヒカルの文章も、読んだことないけどみんな色気あるだろうな。広末涼子のラブレターにも色気あったよね、ねえ。色気は基本的に文章力とは実は相関性がないものです。

菊地成孔の何が僕を変えたかと言えば、第1に文章的表現力、第2に世間を恐れず自分の意見を述べる強さ、第3に彼が患った精神疾患(不安神経症)とどう向き合ってきたかと、その先にある心理分析的な文章スタイル、第4に映画や音楽を鑑賞する場合における目線のあり方、などなどですが、彼がこのような武器を全身を身につけいたるところにテキストを書き続けられたのは、ひとえに彼の執念、病的なまでの音楽、ジャズ、映画、そして作品を作る自身や、作品を送る側の社会への興味にあるような気がします。川勝さん、菊地さんから感じるのは、その執念と、時間的浪費ですね。文章や文化を嗜むことを生活上のパートナーにした人にしか出せない凄みのようなものを感じます。私はそういった人生に片足を踏み込みつつあるので、であるならば、彼のような色気をどうにか身に纏えないかなと悩む昨今です。

ねえ、あたしの事、本当に可愛いって思ってる? 「<a href="https://amzn.to/3DANfJ2" target="_blank">ユングのサウンドトラック</a>」より

ねえ、あたしの事、本当に可愛いって思ってる? 「ユングのサウンドトラック」より

菊地成孔の本のうち、映画批評に関する本(すべてAmazonリンク)

彼の本業はミュージシャンですので、音楽も一曲だけ紹介しておきましょう。

フロイドと夜桜/SPANK HAPPY

この曲はポップス、つまり恋愛を主題とした曲と、精神分析・心理学や果ては宗教までがうまく融合された、誰も知らない名曲の一つだと思います。菊地成孔の作詞、作曲、アレンジ、そしてヴォーカルによる曲。いつも悪い男を好きなってしまう、恋愛に悩む女性が、クリスマスの日にお釈迦様に助けを求めます。クリスマスだからキリストさんは忙しいけどあなたは暇でしょ、だからお説教して、というようなユニークな詞です。生々しい歌詞ではありますが、しかしこのグロテスクなまでの生々しさの果てにある安易な共感とも言えない救いと色気はなんだろうと考え込んでしまいます。夢、恋、ワルい人が好き、春の夜桜、ヤバい現実と言った、通常のポップスでもありそうな歌詞に加えて、カルマ、ジグムント(フロイト)、説教、無意識、蓮の葉と言った心理学用語・宗教用語が、失神、夢、先生、忘れるという両方を繋ぐ言葉によって、ポップスという体に収まっているとことが奇跡のバランス感覚と新感覚の体験だと私は思います。こういうことを説明してもあんまり誰もわかってくれないんですけどね。でも一人でも彼のファンが増えればいいと思い。

さて、現代はさまざまな友人知人他人の聞きたくも見たくも読みたくもないような私生活や思想が洪水のように溢れてくる時代です。つまりあらゆる病例、あらゆる疾患が垂れ流される社会でもあります(残念ながら、あるいは光栄ながら私のテキストもその症例の一つと言えるでしょう)。誰かのことをメンヘラ、社会不適合、陰謀論者、その他あらゆる言葉で笑うとき、あなたも症例を晒している一人のクランケかもしれません。その環境は確かに生々しい、バトルロワイヤルのような世の中ですが、その戦いの中には色気はありません。私の周りにも私生活垂れ流し系、心の奥の声晒し系の人はいます。彼女ら、彼らは愛されたいので必死に自己肯定、あるいは他者からの批判を避けるため自己批判(しかし急所は外した自己批判)を続けますが、周囲から見るとかわいそうな人、困った人でしかないかもしれません。彼女ら、彼らに足りないのは自己分析、人間の感情の理解と社会へのまなざしだと思います。そしてそれこそが、私の考える色気です。つまり私は、あなたの心の鍵を開けられる人でありたいと常に願っています。

おわりに

今週の船長と助手はお休みです。二人とも今、船室でぐっすり寝てます。

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