楽園の地図131号 中国・上海と夢の始まり
もくじ
はじめに 「コーヒーでも買いに行こう」
今週の楽園 上海、外灘。夢のはじまり(外灘/上海/中国)
今週のオアシス 夜の豫園(豫園/上海/中国)
今週楽園で聴きたい音楽 天涯歌女/周璇(上海/中国)
今週楽園に行けない人のために NHK BSスペシャル「縦の支配」(鄭州/中国)
おわりに
はじめに
「コーヒーでも買いに行こう」
旅をしていると、疲れ果ててどこにもいきたくなる日もやってきます。3日や4日ではトラベラーズハイでそんなことはないかもしれませんが、10日、2週間、そして1ヶ月とやって疲れたところに、なんか手違いだとか、地元民の嫌がらせだとか、不安とかが重なると、「あーもう、やってられん」と思ったりします。うん、そうだよね。
これは別に旅に限りません。楽園の地図のように定期的に何かを書いたり、あるいは毎週1本は映画を見るんだ、と決めてもうまくいかなかったり。ま、そういうことってありますよね。私もあります。長旅をしていると、よく旅のテンションが続くね、と言われることもありますが、適度に休んでいるからです。週に一度は洗濯に行かなきゃいけないし、たまった仕事を消化したり、そういう日が私にとっての休日になったりします(旅で疲れて仕事で休憩するなんてなんか倒錯的!でもほんと、そういうことってあります)。
問題は、一度休んだら、休むことが居心地よくなって、旅モードに戻らない時です。
大昔(90年代頃)は、バンコクの安宿で何もせずに日々をやり過ごすことは「沈没」と呼ばれ、それなりには文化的な行為だったのですが、もうそういう時代はすぎましたね。
旅は何かのメタファーになっていて、一度休憩したら戻りたくなくなる現象は、これも仕事や、趣味や、勉強や、さまざまなことに当てはめることができます。
私は、人よりほんの少しだけ多く、いろいろなことが体験できたと自負していますが、忍耐強い方でもありません。旅に疲れ、映画鑑賞に疲れ、音楽鑑賞に疲れ、原稿を書くことに疲れ、疲れ疲れてやってるのに、意外とあらゆることが続いている。楽園の地図もどうにか続いている。
私がほんの少しだけ人と違うことがあるとすれば、「ふっかつのじゅもん」を持っているからです。逆に、挫折する人は、この呪文がないだけなのかもしれません。復活の呪文、知りたいですか? とても簡単ですよ。今、あなたが寝転がっているなら、座っているなら、ただ立ち上がるだけです。立ち上がったとき、まだ体の節々が痛くて起き上がれなければ、それは本気で疲れている証拠ですが、精神的なものの場合は、精神的な変化を受け取ります。
今、あなたが旅の途中、どこにも出かけたくなくなっている状況を想定しましょう。立ち上がったら、どこに出かけるとかは考えなくていいです。とりあえず最寄りのコンビニに行きましょう。私の場合、こういう場合は大抵、コーヒーか水を買いに行く時です。だから、ふっかつのじゅもんは、私にとっては「コーヒー買いに行こう」です。
最寄りのコンビニまで行けたら、もうこちらのものです。最寄り駅までもいけるし、近くのレストランやカフェまで行けるし、あとはやりたいように過ごすだけ。とにかく最初の一歩を踏み出せるかどうか。楽園の地図もそうやって、とりあえず「はじめに」だけは書こう、船長と助手のやりとりだけは書こう、さらに手前の、何を書くかだけは決めよう、そんなふうにして日々、やり抜いてます。あなたのふっかつのじゅもんはなんですか?
今日はロマン溢れる上海よりお届けします。
今週の楽園 上海、外灘。夢のはじまり

川沿いに佇む外灘(ワイタン)の洋館。
2011年、私は仕事で上海によくいました。なぜ年号を覚えているかというと、それは震災のあった年だからです。日本は震災による自粛ムードで、東日本と関係のない大阪のグリコの看板が節電目的で消灯されていたり(覚えてる? 当時のニュース記事→リンク)、とにかくネオンが消されていました。一方の上海は社会主義の質素なイメージと異なり、ギラギラにネオンが光っていました。
当時の上海、中国は今よりも汚く、常にマスクを携帯する必要があるほどスモッグで溢れ、夜になれば街中が下水の香りがしました。それでもなお、川沿い、外灘(ワイタン)の洋館は、目を見張るほどに美しかった。
不思議な形状が話題になっていた東方明珠塔も、それはそれで美しく、そして今より米中関係は良好で、つまりは日中関係も良好で、世界中の熱視線が中国経済に向かっていました。今からわずか15年前の話ですけど、今となっては遠い過去の話のよう。

東方明珠塔と、浦東(プートン)の夜景。
私はこう見えて、まったく海外とは無縁の20代を送っていました。日々仕事に忙しく、あるいはとても貧乏で、海外旅行など夢のまた夢でした。そんな私は、仕事で中国に行き、異国の地に興味を覚えるようになりました。
上海の仕事は翌2012年にはあっさり終わってしまいますが、その後私の身には海外への漠然とした憧れが残り、そこから海外によく出向くようになり、その延長に今の楽園の地図はあります。
よって、上海は、私の夢の出発点となる街です。
◇
さて、軽く上海のお勉強を。紀元前より都市を形成していた上海が、世界史で重要な街になるのは1842年以降のことです。イギリスと清(当時の中国)がアヘン戦争という名前の戦争を起こし、イギリスが勝って、南京条約という条約が結ばれ、上海は世界的な貿易港となります。
上海には、長崎の出島のような外国人居留区ができて、租界(そかい)が形成されました。最盛期は10万人の外国人が住んだ上海は、中国の都市であり、文字通り出自から国際都市だったわけです。
当時は街角のナイトクラブでジャズが流れ、娼婦・遊女が大量に街を闊歩し、そして時折アヘンが嗜まれていました。その歓楽街っぷりから、上海は「魔都」の異名を持ちます。私は別に麻薬もしたい、遊女と遊びたいなどという興味はないですが、でもなんか、往時の上海のようなものに対する漠然とした憧れがあります。
さて、上海の中心地・外灘には、今もジャズクラブがあります。例えば和平飯店(Peace Hotel)。外灘のど真ん中、かつてキャセイホテル(1926年開業)といわれた場所を引き継いだホテルなんですが、これがゴージャスなんですよ。かつての上海に富が集まったのがよくわかります。

和平飯店(ピースホテル)外観。

和平飯店(ピースホテル)、内観
どうです? パリやニューヨークや香港などにありそうな、超ゴージャスなホテルでしょ? こんなホテルのなかに、ジャズクラブがありまして、名前はズバリ、Old Jazz Bandと言います。

Old Jazz band by Peace hotel
おそらく当時と同様のバンド編成を再現した演奏を堪能しました。いやー、優雅でしたよ。ベースは当然ウッドベースだし、サックスだけでなくクラリネットとかも入ってて、なんというかジャズはジャズでも、1920年代当時の、少しクラシックの要素が入った大陸的な(ここでいう大陸とはユーラシア的なという意味)音楽でした。選曲は洋楽ジャズスタンダードの「Sweet Georgia Brown」とか「Bye Bye Blackbird」とかと、中国スタンダードの「夜来香」や「玫瑰玫瑰我爱你」などを混ぜた演奏で、途中お客さんからのリクエストの時以外は忠実に昔の曲、戦前の上海で流れていたであろう曲のみを演奏していました(ビートルズをジャズっぽくとか、そういうのはやらないという意味)。
いやー、ここはぜひ上海に行ったら遊びに行ってほしいところ。高そう!という声が聴こえてきそうですが、大丈夫です。安くはなかったけど、飲み物とフルーツ盛りを頼んでお会計は1万円はいかなかったと思います。ちなみに、ここに限らず上海やその他大陸のジャズクラブやライブバー的なところは、ミニマムチャージがありまして、一人あたり頼まなければいけないオーダー量が決まっています。私のような下戸はお酒も飲まずちびちびやってると高級フルーツ盛りを強制オーダーさせられるので、食後にジャズクラブに行くかたもフルーツを食べるお腹の余裕は残しておくことをお勧めします。
◇
あ、そういう戦前の上海のゴージャス感フェティッシュを満足させる、もう一つの場所があります。それは百楽門(Paramount)という場所。1932年から現在の場所で創業されたいわゆるダンスホールで、当時は過去回の名士がここで社交をしたそうです。

パラマウント(百楽門)外観。
かつての社交の場はやがて映画館へと改装され、戦後は共産党のプロパガンダ映画を流すような場所に成り下がってしまったのですが、1990年代にその歴史的な価値が再評価され、老朽化した箇所を改築、そして2001年よりオーナーが変わって、往時と同様のダンスホールに戻そうという動きが起こります。こうして現在では再びダンスホールになってるんですが、味ありますよ〜。こんな感じ。

ダンスホール。
1930年代の盛り上がりを、現在の照明技術などで過剰に再現した上に、真ん中に広々と用意されたダンスホールで、社交ダンスを繰り広げるというなかなかのラグジュアリー空間です。社交ダンスを嗜んでいる人はもちろん、経験がなくても行ってみてください。1時間もここにいると、なんかその日の夜、当時の上海にタイムスリップしている夢を見ますよ(笑)
◇
上海はかつて、世界中の富が集まり、今も中国を代表する国際都市です。なぜこんなに上海に人が集まったかといえば、それはユーラシアの東西(つまりアジアとヨーロッパ)の貿易の東側の一大拠点だったから。
そんな場所に長くいると、なんかそれこそ極東の日本にいるとあまり感じない、国境とかに縛られない商人の世界が見え、それは世界最初期のノマド、つまり私の先祖がいたような場所ではないかと思っています。上海から世界に向けて旅立つイメージ。そう、上海は私にとって世界を舞台にした旅の出発点なんです。
中国は日本からも近いですし、これからもたくさんの観光客が訪れると思います。美食にパンダに天安門と、いろいろ見るところは多いですが、上海に行くなら、外灘や浦東の夜景が綺麗で終わるのでなく、ぜひとも100年前の欲望渦巻く夢の「魔都」の痕跡を探してみてください。
今週のオアシス 夜の豫園(豫園/上海/中国)
さて、ここまで紹介した上海が、どちらかといえば外国人によって作られた上海であれば、中国人が作った上海はどこにあるのでしょうか。それは豫園近郊にあります。豫園とは、上海の観光のメイン、外灘より南側に下がったところで、よく見ると地図上に丸が浮かびます。

この丸いところが当時の中国人居住区で、豫園はその中にあります。この豫園、昼に行くと観光客でごった返しているんですが、気温も落ち着いて夜風が気持ちいいし、中国風の建物がライトアップされていてなかなか綺麗なんですよ。


いやかなり綺麗なんですよ。その上この辺は茶店(ティーハウス)とか、小籠包屋さんとか、本格中華とかカフェとか、観光客が行きたいようなお店は名店が網羅されていて、価格も浅草のように高くないのでおすすめです。
台湾に九份という場所があるじゃないですか。同じく中国風の建物がわーっとあって、「千と千尋の神隠し」みたいと言われている場所なんですが、はっきり言ってあそこは狭い街に観光客が押し寄せすぎていて、残念ながらまったくおすすめできる場所じゃなくなってしまいました。そういう、ライトアップされた中国風建物を存分に感じたければ、ぜひ上海の豫園まで。
昔風の建物に茶店や漢方の店なんかがあって風情があるんですが、時折壁面をVRで装飾したり、未来中国都市って感じもして素敵です。京都と一緒で看板も(中国にしては)落ち着いた色味なので、かなり心を休めることができると思いますよ!
今週楽園で聴きたい音楽 天涯歌女/周璇(上海/中国)
さて、そんなオールド上海に想いを寄せながら昔の曲を聴いてみましょう。この「天涯歌女(中国語ってなんとなく意味がわかるからいいですよね)」は、今から約90年前、1937年に公開された中国最初期のポップソングです。これは映画「馬路天使(=街角の天使)」のワンシーンで、主演であり歌手の周璇が歌ったところ大ヒットし、「夜来香」「蘇州夜曲」「夜上海」などと並ぶ中国を代表するポピュラーソングになりました。
とはいえ古すぎて、この曲がいい曲なのかどうか、わからない。資料的な価値はわかるけど、楽しめないよ。あ、そう。そんな人もいるかと思い、以下の動画を探してきました。これは2007年の映画「ラスト、コーション」のシーンで、トニー・レオン演じる特務機関員(軍の偉い人と思って貰えばOK)を政治的実現のために誘惑する女スパイの役をこなすタン・ウェイが、映画中で「天涯歌女」を歌うシーンがあるんですが、これが色っぽすぎて。劇中のタン・ウェイは髪型から振り付けから歌声まで、当時の周璇を意識したことは間違いなく、1937年の人には周璇の歌声がこんなふうに聞こえていたんだなと追体験することができます。
鳥肌モノの名シーンですからぜひみてください。よければ映画「ラスト、コーション」もみてくださいね!
(歌のシーンは動画の4分30秒あたりから)
今週楽園に行けない人のために NHK BSスペシャル「縦の支配」(鄭州/中国)
夢の上海をたっぷり味わったあとのデザートは、残念ながら中国の現実です。あんまり地上波のドキュメンタリー見ないんですが、時折とんでもない労作が隠れてますよね。というわけで、今日は映画紹介に変わっていつも高品質なNHK BSスペシャルより「縦の支配」をお届け。
便利な時代で、U-NEXTで220円払えば動画を見れます。
BSスペシャル #82 縦の支配 中国 ショートドラマの光と影
この動画、実は私もたまに見る岡田斗司夫さんの動画解説で知ったんですよ。毎度のことながら岡田さんは事細かに語りまくりで、この解説動画を見ると十分面白さが伝わりすぎて本編見なくてもいいやと思ってしまうかもしれませんが、いやこれはぜひ、上のリンクから見てほしい。面白いから。
いま、TikTokなどショート動画の世界では、1話1分で全50話のような、ショートドラマが流行っています。内容はどれも似たようなもので、執拗に虐げられた主人公が、復讐劇を行うという展開がやたら多く、撮影している監督自ら、「脚本の冒頭を見たら結末までわかってしまう」と打ち明けているように、はっきり言ってどれも同じものばかりです。
このショートドラマ、対岸のブームというわけではなく、日本でもTikTokを見る若い世代でにわかに流行していて、実は私の周りでも、そういう謎のドラマを見ている、という話を複数の人から聞いていて、気にはなっていました。みなさんの周りにも、特にショート動画をたくさん見ている人のなかでは知ってる人がいるかもしれません。
そんなショートドラマの制作現場のリポートというわけで、最初から楽しく見たのですが、このテーマからは、中国の台頭、中国の不況、AIの台頭、過労、貧困、格差社会、エンタメの未来など、さまざまなホットトピックが煮詰められたような話です。いや60分の中にものすごいテーマがいっぱい。語りきれない。
でも、最も本質的なテーマは、「アルゴリズムに支配される社会」ではないでしょうか。なぜどれも同じようなストーリーなのか。それは膨大なビッグデータをもとにできたアルゴリズムによって視聴者の興味が持続するように作られた脚本という点にあります。
とか言って素晴らしい脚本ができるわけでもなく、脳の特性をハックしたような(例えば頻繁に揉め事が起こったり、おどろおどろしい音楽がひっきりなしに流れたり、露出が高い服が出てくるとつい目が離せなくなってしまうというような)もので、はっきり言ってつまらないものです。挙句、結末は悪があっけなく成敗されて、人々の溜飲が下がるというものです。まったくつまらない。つまらないですが、毎日が辛くて余裕がない、という人には、この何も考えなくていいドラマというのがかなり中毒性をもたらすらしいです。そういえば、日本でいえば「遠山の金さん」とか、ああいう時代劇も同じでしたね。なぜ人々は悪が成敗される話が死ぬほど好きなのでしょうか。
この動画が流行る現代というのは、かなりノーフューチャーです。でも残念ながら、人類はアルゴリズムの前に屈する世界がそこまできているようです。そしてそれは、動画の中の世界だけでなく、もはや生活のあらゆるシーンに入り込んでいます。まるでジョージ・オーウェルの「1984」の世界ですね。展開される動画よりも、このNHK動画のほうが1000倍面白い。ここに写っているのは、冒頭で紹介した煌びやかな上海に代表される光の中国に対する、影の中国です。必見です。
おわりに
船長「えっとじゃあ、そこにいる君。社長役やって。2000円あげるから」
社長(役)「あ、はい、わかりました」
船長「助手はいつもの通り助手役ね」
助手「はーい」
船長「あとのみなさんもよろしく!」
出演者たち「はーい!!」
船長「じゃ、行きますよ。シーン52カット4、キュー」
◇
助手「船長、この漁船じゃもう限界です……。」
船長「……。」
社長「こんなボロ船で来るなんて、うちの港を汚すな!」
助手「す、すみません……。」
社長「船長? お前みたいな貧乏人はひざまずけ!」
船長「……君は私が誰か知らないようだ。」
社長「は?」
突然、港に黒塗りのリムジンが100台。スーツ姿の男たちが一斉に駆け寄る。
全員「船長、お迎えに参りました!」
助手「ええええ!?」
社長「船長……?」
秘書「紹介します。この方は世界最大海運グループの会長です。」
社長「う、嘘だ……。」
船長「20年前、海を知るために身分を隠していただけだ。」
社長が土下座する。
社長「申し訳ありません!」
船長「遅い。」
その瞬間、助手のスマホが鳴る。
医者「DNA鑑定の結果が出ました。」
助手「え?」
医者「あなたは船長の助手ではありません。」
助手「じゃあ誰なんですか!?」
医者「実の息子です。」
船長「……ようやく話す時が来たか。」
助手「父さん……?」
そこへ一人の女性が走ってくる。
女性「待って!」
助手「君は?」
女性「私……あなたの妻よ。」
助手「え!?」
女性「契約結婚だったけど……。」
船長「実はその契約を書いたのは私だ。」
助手「なんで!?」
◇
船長「はいカット!!」
助手「・・・なんですかこれ」
船長「知らないのか!?これが噂の中国ショートドラマの世界さ」
助手「なんか衝撃的な展開が続きますけど、結局何が言いたいのかよくわからないねこれ」
船長「意味なんていらないのよ、バズれバズれ〜」
助手「やれやれ。100年前の優雅な中国はどこ行ったのよ〜」
(つづく)
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