楽園の地図131号 「裏」上海。上海には表と裏がある

「裏」上海/永康路のコーヒーロースター/京劇を元ネタにしたR&B/韓国とLGBTQ
船長と助手 2026.07.10
誰でも
Wukang Mansion, Xuhui District, Shanghai, China

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もくじ

はじめに ドーパミンを制するもの、人生を制する
今週の楽園 「裏」上海の魅力
今週のオアシス Café del Volcán(永康路/徐匯区/上海/中国)
今週楽園で聴きたい音楽 花田錯/王力宏(台北/台湾)
今週楽園に行けない人のために ラブ・イン・ザ・ビッグシティ(ソウル/韓国)
おわりに

はじめに

ドーパミンを制するもの、人生を制する

私の周囲で、「スマホでショート動画ばかり見てしまう」という人が増えてきました。電車の中でも、カフェでも、待ち合わせの時間でも、ふと画面が目に入ると、人々は指先で次の世界へ、次の世界へと流れていきます。私は正直、あまり夢中になったことがありません。しかし、周囲の話を聞く限り、その小さな画面は、多くの人の時間を奪っているようです。

もちろん、ショート動画そのものが悪いわけではありません。人類は太古の昔から暇つぶしの道具を開発してきました。ショート動画は、その暇つぶしの最先端と言えるでしょう。暇つぶし自体が悪いわけではありません。私だって暇つぶしにショート動画を見ることはありますし、TVerでバラエティ番組を見ることもあります。しかし、それは「暇つぶしをしたい」という明確な目的があってのことです。そんな自分を恥じたり、変えたいと思ったことはありません。

問題は、「本人がやめたいと思っているのに、やめられない」「変わりたいと思っているのに変われない」ということです。そういえば、映画『花束みたいな恋をした』の中で、主人公が「学生の頃は難しい本をたくさん読んでいたのに、今は自己啓発本しか読めなくなってしまった」という話をする場面があります。

難しい本が読めなくなってしまった人。長い動画を見られなくなってしまった人。あるいは長期の休みがあっても旅に出られなくなってしまった人。これらの人々は、根本的には同じ悩みを抱えているのではないでしょうか。

なぜこんなことが起きるのでしょうか。

今は多くの疑問にChatGPTが答えてくれる時代ですから、もう皆さんご存じだと思いますが、その正体はドーパミンです。世の中で人々が意思を越えて夢中になるもの、ハマってしまうものの多くにはドーパミンが関係しています。ドーパミンは、私たちの意思を超えて「もっと報酬が欲しい」と脳に働きかけます。ギャンブル、お酒、買い物など、さまざまな依存にも関係する脳内物質であることは、今では広く知られています。

しかし、ここで重要なのは、「ドーパミンを止めよう」と考えること自体が無理な話だということです。人間は太古の昔からドーパミンを出しながら生きてきました。つまり、人間にできることはドーパミンをなくすことではなく、ショート動画のようなインスタントなドーパミンを上回るほど夢中になれるものを見つけることなのだと思います。

私にとって、それは旅です。

旅をしている最中は、ドーパミンが出っぱなしです。映画を観ていろいろ考えたり、気になったことを調べたりすることも、私にとってはドーパミンが出る時間です。だからこそ、自己嫌悪に陥らず、周囲にも迷惑をかけないような「ドーパミンを生み出す趣味」に親しんだほうがいいと思っています。

ただ、ここまではChatGPTでも答えられる話でしょう。

ここからは、おそらくAIでは答えられない、私自身の経験から考えた話です。実は私の周囲には、ショート動画にハマったり、ポテトチップスを食べ続けたり、何かしらの依存に陥ったりする人が少ない集団があります。

それは、音楽好きの人たちです。

意外に思われるかもしれません。

音楽は反復の芸術です。サビは何度も繰り返されますし、そもそもリズムそのものが反復で成り立っています。そして、この「反復」は、ショート動画を次々と見続ける感覚と、どこか似ています。私は、この反復こそがドーパミンを生み、人は音楽を愛する理由なのではないかと思っています。

私もそうです。疲れて難しい本が読めない日もあります。2時間の映画を見る気力がない日もあります。そんな日は、私は音楽を聴きます。疲れたときに聴きたい音楽があります。気分を上げたいときに聴く音楽もあります。そして、疲れているからこそ心に染みる音楽もあります。私には、音楽の反復やリズムによってドーパミンが放出される体験があります。だからこそ、それがショート動画に対する一種の免疫になっているのではないか。最近はそんなことを考えています。

もちろん、現代は音楽であふれています。人間は耳を閉じることはできませんから、音楽をまったく聴かずに生きている人はいないでしょう。しかし、外国語が耳に入っていても内容を理解していないのと同じように、「音楽を聴いているけれど、聴いていない」人は意外と多いのではないでしょうか。音楽にはリズム、ハーモニー、メロディなど、多様な要素があります。真剣に聴けば、それらはかなり入り組んだ、情報量の多いものです。しかし、それらを意識して聴いている人は決して多くありません。

私が「この曲はドラムがいい」と言っても、不思議そうな顔をされることがよくあります。

もちろん、私だってぼんやり音楽を流していることはあります。でも、例えばイントロでどんなリズムが鳴っているのか、どんな楽器が入ってきたのか、そのくらいは意識して聴いてみてほしい。そして、できればリズムに合わせて体を揺らしてみてほしいのです。私には、それだけでもショート動画の呪縛から少し自由になれる可能性があるように思えます。

あるいは、『楽園の地図』は長文ですから、このメルマガを読んでいる方の中に、長文がまったく読めないという人は少ないでしょう。良い言い方をするなら、こういう長文を読むのは筋トレのようなものです。長い文章を読み、少し考え、少し立ち止まる。そんな時間は、ショート動画では得られない種類のドーパミンを、きっと私たちに与えてくれます。私が旅先で見た景色、映画で心を動かされた瞬間、音楽を聴いて胸が震えた夜。そんな小さな火を、このメルマガを通して皆さんにも少しだけ手渡したいと思っています。世界には、指先で流れていく数十秒よりも、人生を少しだけ変えてしまう数時間があります。そのことを、私は旅をしながら何度も教えられてきました。

それでは、本編です。

今週の楽園 「裏」上海の魅力

2週連続で上海からです。えー、もう上海はいいよと思った皆さん。今号は、上海は上海でも、「裏」上海です。

とはいえ、ここでいう「裏」は、危ない路地裏とか、怪しい地下世界という意味ではありません。外灘や豫園のような定番観光地ではなく、上海の地元民や駐在員が日常的に歩き、食べ、買い物をしている場所。つまり、観光客のための上海ではなく、上海に暮らす人たちの上海です。

突然ですが、上海と東京という二つの街はよく似ています。ここで、二つの地図を見比べてほしいです。一つは、東京の代表的な観光地と、地元の人が集う場所を示した地図です。

地図化したものはこちらのURLから見れます。

何が言いたいかといえば、東京の代表的な観光地は東に集まり、地元の人が遊ぶ場所は西に集まりがちだ、ということです。

もちろん、これはある程度違いを強調したデータです。観光で新宿の歌舞伎町や、渋谷のスクランブル交差点を見る方も多いでしょう。一方で、東京人だけど、いつも銀座で遊んでいるという人もいるでしょう。

でも、東京の観光地として真っ先に思いつくものを並べると、皇居も東京タワーも東だし、浅草も東です。一方、地元民が集まる場所として真っ先に思い浮かべるのは、新宿、渋谷、池袋あたりではないでしょうか。

そう考えると、けっこう偏ってるんですよね。

東京には、ざっくり言えば「見に行く東」と「過ごしに行く西」があります。

では、上海の地図です。

地図化したものはこちら。

上海の主な観光地といえば、川沿いに洋館が並ぶ外灘、浅草的な昔の上海が味わえる豫園、そして奇妙な形をしたテレビ塔、東方明珠電視塔などが思い浮かびます。地図上に青の地域で示した場所が主な観光地です。

一方、おしゃれな地元民や駐在員などが集まる場所は黄色のエリアです。おしゃれなブティックやレストランの多い新天地、武康路、永康路、静安寺など。

東京との共通点にお気づきでしょうか? それは、観光地は東にあり、地元民が集まるおしゃれスポットは西にあるということです。

上海にもまた、「見に行く東」と「過ごしに行く西」があるのです。

ちなみに、私がよく知っている街だと、バンコクと台北は逆に東側が地元民のためのおしゃれスポット(台北=東区、バンコク=スクンビット)、西側が観光地(バンコク=王宮エリア、台北=迪化街)です。ニューヨークと香港はもっと複雑で、観光地と生活圏がマーブル状に混ざっています。

さて、上海。

新天地はいわば恵比寿ガーデンプレイスを2倍にしたようなエリアで、比較的ガイドで取り上げられる機会も多い場所です。が、武康路永康路静安寺あたりは、初めて上海に来た人は、まず行かないような場所です。観光ガイドでも、外灘や豫園ほど大々的に取り上げられることはありません。

でも、実はこのあたりにこそ、上海の今の空気があります。

観光地ではない。でも、街としてはむしろこっちが面白い。そういう場所です。

そこで今回は、これらのスポットを、「裏」上海と題して、紹介したいと思います!!!!

東京の西側にも、渋谷109や新宿都庁などランドマークがありますが、上海の西側のランドマークはどこか? それは冒頭の写真で紹介した「武康大楼」だと思います。

武康大楼があるのは、徐匯区(じょかい区、現地の言葉に近い発音だとシューホィ区)という場所なのですが、徐匯区の説明として、Wikipediaはこのように書いています。

上海市でもっとも豊かな地域である。上海交通大学、中国科学院上海分院、中国航天院上海分院、上海映画撮影所など、数々のハイテク研究所、医療機関、大学などがある。戦前の資本家や著名人たちの旧居が多く残っている。衡山路周辺にはしゃれた飲食店も多い。上海軌道交通徐家匯駅周辺は近年オフィスビルや百貨店が増加し、発展が目覚ましい。

Wikipedia 上海市より

まあ、つまるところ、徐匯区は東京で言えば港区や渋谷区のような場所と思っていただいて構いません。

武康大楼は、観光客が少ない裏上海、つまり上海西部で、最も観光客が集まる場所です。

道路の形状に合わせて、ショートケーキのように尖った先端を、丸くすっと削ったようなビル。どこから見ても絵になるし、どこから撮っても「上海の西側に来た」という感じがします。とってもロマンティック。

この辺りは、かつて旧フランス租界だった場所です。武康大楼も、その時代の煌びやかな洋館の風情を今に残しています。完成は1924年。当時の流行の最前線だったルネサンス様式の建物です。完成からすでに100年以上の月日が流れていますが、今も現役で、1階にはお土産物屋がずらりと並んでいます。

100年前の建物なのに、古びているというより、いまなお上海の流行の一部になっているところが面白いです。人も街も、長く愛されるものは、古くなるのではなく、少しずつ表情を増やしていくのかもしれません。

この武康大楼の周辺は、おしゃれエリアになっていて、良さげなレストラン、カフェ、ブティックなどがたくさんあります。ちなみに円安の影響もあって、物価はどこも東京より高いので豪遊には気をつけましょう。

武康大楼の周辺エリアは、武康路と呼ばれ、かつては映画産業の中心だった場所です(現在、中国の映画の多くは北京で作られています)。武康大楼にも多くの有名人が暮らしたそうです。

東京でいえば、表参道にあった「同潤会青山アパート(現:表参道ヒルズ)」が近いと思います。古い集合住宅でありながら、都市の記憶そのものになっている建物。住む場所であり、眺める場所であり、写真を撮る場所でもある。そういう不思議な存在感があります。

中国というのは、厳しい共産党の支配下にありますし、実際に北京を歩いていると、ここは共産圏だな、と感じることが多いです。しかし上海、特に西部上海を歩いていると、一瞬ここはパリかな? と錯覚することが多いです。

ところで、出典は定かではありませんが、こんなことわざ? ジョーク? を聞いたことがあります。

かつて列強国が世界各地で植民地を支配した時、各国がそこで何をやったかを表したものです。出典は定かではありませんが、「イギリス人は法を作って支配し、日本人は鉄道を作って支配し、フランス人は木を植えて支配した」という言い回しがあります。

イギリス人はコモン・ローといって、英国同様の法律を作り、その法律で植民地にルールを与えました。とてもイギリス人らしい発想です。一方、日本人は植民地を得たら、まずは鉄道を通した。これもとても日本人らしい。

ではフランス人は?

フランス人は植民地に街路樹をたくさん植えました。

これはもちろん単純化ではありますが、それぞれの帝国が何を“文明”として持ち込んだかを考えるうえで、妙に記憶に残る比喩です。法、鉄道、街路樹。どれも支配の道具であると同時に、都市のかたちを変えるものでもあります。

フランス人は上海のフランス租界に大量の街路樹を植えました。だから、今でも上海の西側は街路樹であふれています。

フランス人はわりといいことをしたんじゃないか。

フランス人はわりといいことをしたんじゃないか。

大通りだけでなく、あらゆる通りに立派な植樹が施されている。

大通りだけでなく、あらゆる通りに立派な植樹が施されている。

特に目立った観光地はなくても、武康大楼から始まって周辺地域をうろうろしているだけで、気分が高揚してきます。

道の両側には街路樹があり、木陰の下にカフェがあり、その前を犬を連れた人や、紙袋を持った人や、なぜか完璧におしゃれな若者たちが通り過ぎていきます。何かを見に来たというより、ここにいる時間そのものを味わう場所です。

そんな街路樹あふれる通りには、おしゃれなお店が多いです。

武康路からさらに奥に進んだところに、衡山路という大きな通りがあります。ここは広い道に沿っていて、高速道路や地下鉄のアクセスもよく、最近オフィスビルが急増しているエリアです。Wikipediaの引用でオフィスビルや百貨店が増加、とあるのは、この地域のことを指していると思います。

観光客にとってはあまり用がない場所なのですが、ここには、100年前に中国で初めて録音されたポップソング(当時は時代曲と呼んだ)をたくさん生み出した「百代公司」の跡地、中国映画の歴史を紹介する「上海電影博物館」などがあり、中国の昔のエンタメマニアにはたまらない通りでもあります。

そう、ここは、上海文化(経済や政治ではなく)の中心地といっても過言ではないと思います。

そんな衡山路で、ぜひ行ってほしいのは、上海図書館です。上海図書館はその名の通り、大都会上海を代表する図書館で、その名に恥じぬとても立派な建物です。1階にはカフェ、レストラン、ギフトショップもあり、本に興味がない人にも勧められる建物です。

上海図書館、吹き抜け。

上海図書館、吹き抜け。

特に圧巻なのは、真ん中に吹き抜けのような場所があることです。2階あたりからその吹き抜けを望むと、なかなかいい景色が撮れます。

明らかに本に興味がなさそうなインスタグラマー、いや小紅書(中国のインスタに相当)ラーがあふれてはいますが、それもまた上海らしい風景です。図書館なのに、少しショッピングモールのようで、美術館のようで、公共施設なのにちゃんと映える。

こういうところ、上海は抜かりない。

なかなかよくできた場所ですので、一見の価値ありです。

パスポートがなくても入場することは可能です。

ちなみに、あんまりおしゃれなところ、文化的すぎる場所ばかりだと疲れるし、財布も心配、という方は、静安寺のあたりがおすすめです。このあたりはわりと大規模な商業施設、つまりモールが多く、おしゃれな店も多いけれど敷居が低めで入りやすいという特徴があります。子連れにも安心の場所です。

一方、「裏」上海で、特に私がお気に入りの通りは永康路です。永康路は武康路のような有名な場所ではなく、まだ観光客に「バレてない」おしゃれスポットです。少し小さめの規模の街で、日本で例えると下北沢のような場所だと思います。

上海の下北沢? 永康路。

上海の下北沢? 永康路。

永康路の特徴は、こじんまりとした道路に面して、オープンテラスのお店が多いことです。

武康路が「上海西部の表参道」だとすれば、永康路はもう少し肩の力が抜けています。大きなランドマークがあるわけではないし、誰もが写真を撮る有名スポットがあるわけでもない。でも、歩いていると、ああ、ここはいいな、と思う。

こういう通りが、結局いちばん好きなんだよな。

そういう通りです。

例えばカフェの軒先を見ると、このような控えめなオープンシートが用意されていて、人々が思い思いの昼下がりを過ごしていました。

ここには、このあと「今週のオアシス」で紹介予定の、Café del Volcánもあります。

上海のこのあたりが落ち着く理由として、外国人が多いことも挙げられます。国際都市・上海には世界中から企業が集まり、駐在員の多い都市でもあります。各国の領事館も多く、そこで働いている職員なども多数、上海の西側で暮らしています。

この人たちが集まるのが、武康路や永康路の特徴なのです。

外灘の上海が、観光客に向けて「どうだ、すごいだろう」と胸を張る上海だとすれば、武康路や永康路の上海は、もう少し声が小さい。木陰があり、カフェがあり、古い建物があり、歩いている人たちの生活があります。

そこにいると、私は少しだけ、この街に親しく話しかけられているような気がします。派手な歓迎ではなく、ただ隣の席を空けてくれるような優しさ。上海は巨大で、速くて、時に冷たい街だけれど、この西側の木陰にいると、ほんの少しだけ、私のことも覚えていてくれるような気がするのです。

でも、私は上海のそういう声の小さい場所にこそ、この街の面白さがあると思います。

というわけで、今号の楽園「裏」上海は、外灘でも豫園でも東方明珠電視塔でもありません。上海の西側、街路樹の下に広がる、もう一つの上海でした。

今週のオアシス Café del Volcán(永康路/徐匯区/上海/中国)

私は、世界中でコーヒーを飲んできました。

旅先の朝に飲むコーヒー。知らない街を歩き疲れたあとに飲むコーヒー。原稿を書くために、どうにか自分を机に向かわせるためのコーヒー。そういう一杯をいろいろな国で飲んできたので、コーヒーには少しだけうるさいほうだと思います。

そんな私から見ると、中国大陸のコーヒーシーンは、まだ発展途上にあります。上海には、思わず足を止めたくなるようなおしゃれなカフェがたくさんあります。ガラス張りの外観、洗練された内装、きれいに整えられたカウンター。写真に撮れば、どの店も十分に絵になります。

けれど、肝心のコーヒーを飲むと、少し肩透かしを食らうことがあります。まずいわけではありません。でも、おしゃれな空間で、そこそこの値段を払って飲んだ一杯が、日本でいえばコンビニコーヒーやドトールと同じくらいだった、ということも少なくありません。

上海は、見た目の速度がとても速い街です。

新しいものが生まれ、流行り、あっという間に広がり、そして気づけば消えていく。カフェもまた、その速度の中にあります。コーヒーロースターのブームが来たとき、上海の街には一気にそうした店が増えました。けれど、その多くは長くは続きませんでした。

一方で、中国大陸にはLuckin Coffeeがあります。2017年に登場し、創業から10年も経たないうちに、ほぼ中国国内だけで3万店舗規模にまで広がった巨大チェーンです。座席を持たず、レジも置かず、モバイルオーダーとテイクアウトに特化し、1杯200円ほどの低価格で街を飲み込んでいく。

事業として見れば、本当にすごいことです。

ただ、コーヒーの味という意味では、私は少し寂しさも感じます。フレーバーで整えられたコーヒーは、多くの人にとって十分に楽しいものなのだと思います。けれど、豆そのものの香りや、苦味や酸味の奥にある複雑さを味わいたい人間にとっては、そこに少し物足りなさが残ります。

10年で3万店舗という数字は、華々しい成功の物語であると同時に、3万店舗分のコーヒー需要がどこかから移動したということでもあります。安く、便利で、誰もが気軽にコーヒーを手にできる時代。その一方で、ゆっくり豆を選び、焙煎し、一杯ずつ丁寧に淹れる店は、少しずつ居場所を失っていきます。

そんな上海で、私がいちばん美味しいと感じたコーヒーが、Café del Volcánの一杯でした。

Volcánは、上海のコーヒーロースターシーンでは老舗と言っていい存在です。街の流行が何度も入れ替わり、カフェが増えては消え、巨大チェーンが街角を埋め尽くしていくなかで、それでも残っている店です。そこには、派手さとは少し違う強さがあります。流行に乗るだけではなく、便利さに寄りかかるだけでもなく、ちゃんと豆の味で勝負しようとしている店。上海という変化の速い街のなかで、静かに火を灯し続けているような店。

毎日毎夜、上海でたくさんのコーヒーを飲みました。そのなかで、Volcánのコーヒーだけは、飲んだ瞬間に「ああ、これは違う」と思いました。ここにはまだ、ちゃんとコーヒーがある。そう思わせてくれる味でした。

だから、もし上海でCafé del Volcánに行くなら、できればブラック系を頼んでください。最悪でもフラットホワイトくらいにしておいてください。せっかくなら、甘さやフレーバーの奥に隠れてしまう前の、コーヒーそのものの味を飲んでほしいのです。

上海という巨大な街のなかで、流行にも、価格競争にも、便利さにも飲み込まれずに残っている一杯。それを飲むために、わざわざ行く価値のある店だと思います。

Café del Volcán。

Café del Volcán。

今週楽園で聴きたい音楽 花田錯/王力宏(台北/台湾)

今日もとびっきりいい曲ですよ! 心して聴いてね! 慣れない上海の都会の片隅で、せっかくなら中国っぽい曲を聴こうと思って、こんな曲を聴いてたよ。

「花田錯」は、王力宏の2005年の曲。R&B風のポップスなのに、とっても中国っぽい曲調で、私が大好きな曲です。王力宏はこの時期、西洋風のポップスと中国の古い文化の融合を狙って、そんな融合期の最高傑作が「花田錯」だと思います。二胡の響きを聞きながら、上海の街を自転車に乗って走ると、ああ、中国に来たな、という気分になれます。

タイトルの「花田錯」は、もともと京劇という、北京で育った伝統芝居(歌舞伎と同様ですな)の演目名です。花田で出会った男女が、誤解や取り違えのなかで恋に巻き込まれていく物語。つまり「花田錯」とは、ただの“花畑での過ち”ではありません。恋というものがそもそも、少し間違いから始まってしまうものだ、という名前でもあります。

王力宏はこの古典劇の響きを、2000年代のR&Bへと持ち込みました。中国風の飾りを乗せただけではなく、京劇の節回しや民族楽器の響きと、R&Bのビートやフェイクを本気で結びつけようとしたのです。彼が当時掲げていた“chinked-out”というコンセプト、中華的な音楽要素とヒップホップ/R&Bを融合させる試みの、ひとつの到達点がこの曲です。

ところで、R&Bの歌い回しと京劇の唱腔は、遠いようでどこか似ています。これはイメージですが、どこか曲線的なところが似ています。直線的な形ではなく、どこか湾曲した歌い方。日本の演歌もそうなんですよね。五線譜や平均率が登場する前の、音符に乗らない響きを内包していると言えるかもしれません。

歌詞に出てくるのは、紅楼、紙窓、燭火、夢。どれも古典劇の舞台装置のようです。でも、これが古臭くならない。ビートはちゃんと2000年代の華語ポップスだし、メロディは甘く、声はしなやかです。舞台の上にいるようで、同時にヘッドフォンのすぐ内側にもいる。ああ、王力宏ってモテるんだろうなあ〜。私も抱いて〜。

今週楽園に行けない人のために ラブ・イン・ザ・ビッグシティ(ソウル/韓国)

さすがに中国ネタも飽きてきたと思いますので、映画のコーナーは別の国の映画を紹介します、と言いつつ、韓国映画。またしてもアジアでごめん。

いやこれねえ、タイトルと日本語の予告編で誤解されるタイプの映画だと思うんですよ。このタイトル、そしてこの予告編を見ると、恋愛映画だと思うはずです。少なくとも男は見ない気がする。いや、男は恋愛映画を見ないなんて、そんな、この映画でもテーマの一つとなるジェンダー問題に踏み込むようなことは言いませんよ。でも、男でも見られる恋愛映画と見られない恋愛映画というものがあって、なんか女性をターゲットにしている作品なのかな、という雰囲気が立ち込めてきます。グローバル版の予告も置いておきます。

でも、まず言っておきます。この映画のテーマは友情です。二人の若者が、どれだけ自分の深いところを見せられるか、理解できるか、理解しているか、というテーマなのです。

この映画はむしろ、ある意味で反恋愛映画なのかな、と言ってしまってもいいのかもしれません。この映画が描いているのは、「恋愛だけでは救えない孤独」だからです。

あなたもあるでしょう。仲良しの恋人と、どうしても交われない、理解できない/されない一点があることを。そんな、奥にある深い一線を、とあるきっかけで仲良くなった二人は共有します。友情の話であると同時に、青春の話でもあります。この歯車がギシギシと削れ、軋みながら前に進むような強いエネルギーは、若さから来るものだと感じるからです。

そしてね、多くの韓国映画の鍵となる、近い過去(10数年ほど前)と現代の対比を表している映画でもあると感じました。韓国社会は、この20年で大きく変化しました。何が変化したかというと、価値観が変化したのです。そうして韓国は古い韓国を捨て、新しい韓国を手に入れました。LGBTQという存在をどう捉えるか、というところも含め、これは韓国の成長ストーリーの暗喩と言えるかもしれません。その変化は、国民にも軋みとしてのしかかったはずです。そんな、成長痛のようなものを描いている気もする。

こんなに真っ直ぐ描いているのに、日本版の予告編はまるで意地を張っている二人が恋人となるようにミスリードさせる書き方をしている。それはこの映画に関していえば、彼のセクシュアリティの否定と繋がるので、とても悪手だったと思います。

映画は最高です。最後にインターナショナル版のトレーラーも置いておきます。こちらのほうがイメージに近い気がします。

おわりに

船長「上海のカフェは、おしゃれだ」
助手「はい。ガラス張り、観葉植物、白い壁。世界観がぴかぴかです」
船長「世界観と言い出す者は、だいたい味がわかっていない」
助手「わかっていますよ。酸味、苦味、コク、あと……豆の機嫌」
船長「豆の機嫌?」
助手「今日はいい顔してるな、みたいな」
船長「豆に顔はない」
助手「でもラッキンは好きです。安いし、甘いし、すぐ出てくるし」
船長「それはコーヒーというより、都市の補給水だ」
助手「補給水、けっこう助かります」
船長「助かることと、味わうことは別だ」
助手「では、味わうなら?」
船長「Café del Volcánだ。流行にも価格競争にも飲み込まれず、豆の味で残っている店だ」
助手「船長ってカッコつけた言い回し好きですよね」
船長「そんな話は今はしていない。今は、コーヒーの話だ。君もコーヒーを飲んで学べ。一杯奢ってやるから」
カフェ店員「ご注文は?」
船長「私はブラックだ。夜の海のように、深い色のブラックを」
助手「僕は、キャラメルフラペチーノください。あ、期間限定の夏のすいかフレーバーも追加で」
船長「ばかもん! コーヒーを飲んで学ぶのに、キャラメルフラペチーノを頼むやつがいるか。そしてなんだそのキテレツなフレーバーは。コーヒーの味なんかしなくなるだろ!」
助手「うえーん。船長のバカー。ぐすん」
カフェ店員「・・・船長のバカ!何を頼んでもいいんですよ」
船長「は!ごめんなさい」
助手「そうだそうだ〜」
船長「じゃあ私は、ハニーソースラテのハニーましまし、ぶっかけチョコレートフレーバーを追加で」
カフェ店員「・・・はい」

(つづく)

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