楽園の地図第88号  続・映画の中の「楽園」号

オークランド/シンガポール/ブダペスト/サンパウロ
船長と助手 2025.05.02
誰でも

もくじ

はじめに
楽園シネマ1 ドライビング・バニー(オークランド/ニュージーランド)
楽園シネマ2 フォーエバー・フィーバー(チャイナタウン/シンガポール)
楽園シネマ3 反恋愛主義(ブダペスト/ハンガリー)
楽園シネマ4 彼の見つめる先に(サンパウロ/ブラジル)
おわりに

はじめに

先週・今週はほぼ初の経験となる、楽園の地図オンライン読書会を開催しました。1回目はzoomで、2回目はXのスペースを利用して行いました(X・スペース版はアーカイブが聴けます、たぶんいつか消す気がするので聴くならお早めに。あとアーカイブ中、ポテチ食べながら喋ってたのでくちゃくちゃ言っててすみません)。2回ともゲストで来ていただいたライターの神田桂一さん、そしてご参加いただいた親愛なる読者(でありリスナーでもある)皆様、ありがとうございました。zoomは14名の方、Xスペースは8人程度?の参加者だったので、なんていうか内輪話にはちょうどいい規模感でした。今後も定期的に喋る機会を増やしていきたいと考えております。オンラインで気軽に参加できるのでみんな、どんどん遊びに来てください。しゃべりたいという出演希望者からのご連絡もお待ちしております。

さて今週は、かつて31号で行った、映画特集号です。普段映画をよく見る人も見ない人も、たいていの人は映画と言えば、アメリカや日本、せいぜいイギリス、フランス、韓国など、限られた国の映画を見ていると思います。でも、世界には200を超える国があって、少なくてもオリジナルの映画を作っている国は軽く100は超えると思います。今回は、普段皆さんがあまり見ないであろう国の映画を取り上げます。先に取り上げる国を紹介しますが、今回はニュージーランド、シンガポール、ハンガリー、ブラジルの4カ国です。皆さんが見たことがないであろうシネマの世界へようこそ。すべて、配信で、あるいはTSUTAYA DISCUSあたりで視聴可能なものばかり。いざ、千円以内、2時間ちょっとの海外旅行へ!

楽園シネマ1 ドライビング・バニー(オークランド/ニュージーランド)

ハズレの少ない「親子誘拐」モノの金字塔

バニーはニュージーランド人で、オークランドの交差点に立って、道ゆく車を洗ってはチップをもらい生計を立てています。自宅はありません。ニュージーランドって、イメージとしては羊とか飼いながら牧歌的にカントリーライフを送っているイメージがあるかもしれませんが、ニュージーランドにもホームレスもいるし、お金に困った人も当然います。バニーもその1人。ただ、バニーの幸福であり不幸なところは、彼女は母親であったこと。彼女には2人の子供(息子と娘)がいますが、元犯罪者でかつ自宅がないことから母親としての資格が受けられず、子供は施設に預けられています。彼女が下の娘と約束した誕生日を絶対に祝いたいという思いが彼女の運命を大きく変えます。気づけば施設に預けられた娘を取り返すため、妹の娘を引き連れドライブすることになったのでした。運命の歯車により彼女は誘拐犯となってしまいますが、ではいったい彼女はどこで選択を間違ったんでしょうか。あなたがバニーならどんな選択を取るでしょうか。私には子供がいませんが、自分に子供がいる人が見たらどう見えるのか、気になるところです。

いわゆる親子誘拐モノシリーズには、日本の「八日目の蝉」(これも香川・小豆島を舞台にした名作です)や中国の「最愛の子」、まだ未視聴ですがオランダの「KIDDO」なんかもそうですが、とにかくハズレがない印象です。生物学上の親と、法律上の親権が食い違うケース、あるいはその逆、複雑な事情があるケースなどさまざまありますが、親子の絆が試されるとき、どうしても涙なくは見られません。でも、バニーって、現実社会にいたら、嫌いな人は嫌いだと思うんですよ。定職に就かず、社会で決められた規則も守らず。彼女がいく場所ではいつも、彼女を嫌う人が現れます。でも、彼女はそんなに悪い人間なのでしょうか。社会の行き届いた福祉が人を苦しめることもあるという扱いづらい問題に対して、バニーは真っ向から挑んだと思います。もしもあなたが子供なら、バニーに育てられたい? それとも施設で育ちたい? なかなかチャレンジングな映画だと見ました。ニュージーランドからこんな骨太な作品が出てきたのは意外だと思っています。

楽園シネマ2 フォーエバー・フィーバー(シンガポール)

シンガポール版「サタデーナイトフィーバー」

ちょっと古め、1990年代の作品ですが、東南アジアの作品の中からまだ紹介していない好きな映画を脳内検索したところ紹介したいと思ったのが、フォーエバー・フィーバー。シンガポールの映画です。この映画はもう完全にエンタメ映画で、シンガポール版「サタデーナイトフィーバー」だと思っていただいていいと思います。あのディスコティックの、あの多幸感がお好きなら、気軽な気分でみれるんじゃないでしょうか。シンガポール映画と言えば私は「イロイロ ぬくもりの記憶」(家政婦と家族の絆もの、抑制が効いていてそこはかとなく泣ける)とか「881 歌え!パパイヤ」(中華圏の祝祭、『7月中元節』の歌謡パーティをテーマにした映画、ローカル感満載)などあるのですが、香港映画に比べるとちょっとエンタメ要素に欠けるとおもっていました。簡単に言えば、視点、切り口は面白みがあるんですが、観客の集中力を欠かさず物語を転がしていく映画が少ない印象です。にそんななか、「フォーエバー・フィーバー」は香港映画に通じるエンタメ映画なので、前知識なくても気軽な気分で見れる映画だと思います。

香港映画、あるいは華僑のエンタメ映画に通じる通奏低音は、「逆境を工夫で乗り越えていく」魅力にあります。それは外国の地で暮らす華僑や華人の強かさ、生き様そのものでもあります。この映画の主人公・ホックは、バイクを買うお金がありません。そこでサタデーナイトフィーバーを見て、ダンスコンテストで優勝することを目指すことにしたホック。幼馴染と憧れの女子、どちらと付き合うか恋の行方も見逃せません。ところどころ登場するシンガポールの古い街並みも注目です。

楽園シネマ3 反恋愛主義(ブダペスト/ハンガリー)

これはハンガリー版「セックス・アンド・ザ・シティ」か!?

ハンガリー語で「Csak szex és más semmi」(意味はGoogle翻訳でも調べてみてください)と名付けられたこの映画は、DVDのパッケージなどでわかると思いますが、ラブコメ映画でして、いわば東欧版の「セックス・アンド・ザ・シティ」のような映画です。これが笑っちゃうぐらい恋愛観が日本と同様、あるいは日本より保守的でして、ある年齢になってもなかなか結婚できないことがコンプレックスな女性、あるいは子供は欲しいが一生愛し続けられそうな男はいないという女性が、幸せを探して奮闘する映画です。なんか、東欧と日本には何かしらの共通点を感じざるを得ません。ハンガリーと日本は自殺率が高いという共通項があるんですが、ハンガリー社会も日本社会と同様、私は孤独だと感じやすい社会なのかもしれません。

ハンガリーの首都ブダペストは私も観光に行ったことがあるんですが、なかなか美しい都です。物価も欧州にしては安いし、治安もよければ街の雰囲気もいいので、とてもおすすめの都市の一つなのですが、特に面白いのが、温泉です。ハンガリーは日本と並ぶとも劣らない温泉大国でして(温泉好きで自殺が多いという謎の共通点)、ブダペストにも有名な温泉がたくさんあります。温泉といいつつ、水温はそこまで高くなく、入浴するのは水着着用かつ男湯女湯の概念がないなので、日本人的な感覚では温水プールだと思いますが、日本の関東なら「サマーランド」とか、関西なら「ひらかたパーク」とか、ああいうプール施設を思い出していただければだいたいセーチェニー温泉の雰囲気がわかろうものです。それは海のない国におけるビーチのような場所で、老いも若きも休みになればセーチェニー温泉に繰り出します。その温泉が映画中にちらっと出てくるんですが、この映画を見てから観光に行ったのでとても楽しかったです。知らない国にいく時に、その国の映画を見ておくといいという私の持論があるのですが、それを裏付ける体験でした。

楽園シネマ4 彼の見つめる先に(サンパウロ/ブラジル)

青春と同性愛

「彼の見つめる先に」は私の好きな映画です。同性愛に目覚める話なのですが、私はどちらかと言えば、というかはっきりと女性が大好きなヘテロセクシャルなのですが、それでも男が男を好きになる瞬間を追体験できる映画がなぜか好きで、「彼の見つめる先に」はそのジャンルの映画の中でも、私が飛び切り好きな映画です。イジメ、障害、学園モノと、日本のドラマ・映画でも手垢のついたテーマを選んでいるんですが、なぜかこの映画の世界に入ると、手垢がついたはずのテーマのすべてが新鮮に映ります。そう言えば、この作品にはプールがあるんですが、プール映画というジャンルもあるよねと友人と話していました。私が思うに、プールサイドというのは心を開く場所だと思っていて、そこでは秘めた思いが結実する場所でもあります。

恋ってなんのためにするんでしょうか。考えてみれば、子供を産んで育てる種の保存が人間のなすべきことなら、別に恋なんてする必要ないのではないでしょうか。だって初恋なんて特に叶わないものだし、ほとんどの恋はうまくいかないといっても過言ではありません。でも、この映画の主人公・レオナルドは、恋をしたことによって、明らかに強くなったし、自分という存在に気づいたと言えます。私の知人の女性も既婚者に恋をして、そのこと自体、まったく無駄だなと思わなくもないんですが、彼女の恋は叶わなかったけど、それによって彼女は何か自分の人生を立て直したようにも見えました。そう考えると、成就する恋はもちろん、成就しなくても素敵な恋はあるよな、と思います。もしも同性愛者の気持ちがまったくわからないということであれば、よければこの映画を見てみてください。あなたの期待を裏切るほどに、爽やかで美しい恋ですから。

おわりに

(船の燃料を求めて、下船し知らない土地を歩く船長と助手)
助手「あー、もう、どこに船の燃料あるんですかー?」
船長「いや、道を尋ねたらがこの先に港があるからって言うから」
助手「本当にその人は地元の人なんですか?」
船長「なんか日本人と中国人っぽい顔をしてたよ。アレックスとかなんとか言ってたな」
助手「それたぶん地元の人じゃないですよー。道を尋ねる時は地元の人に尋ねないと」
船長「そかそかー。あー、歩き疲れたなー」
助手「あ、あっちに映画館だ。映画見たい」
船長「いやいや、今は映画じゃなくて船の燃料だよ」
助手「えー、ちょっとぐらいいいじゃないですか。暑いし歩いてらんないっすよ」
船長「いやいや、一刻も早く燃料を手にいれるのが先だろ。これは船長命令だよ」
助手「船を降りたら船長もくそもないですよ。僕たちは対等です」
船長「そんな言い方しなくても。。まあそんなに言うならちょっと映画館で涼んでいくか」
助手「そう来なくっちゃ。さすが船長!船長大好き(腕をすりすり)」
船長「まったく。しょうがないな。ポップコーン食べる人?」
助手「え、いいんですか? うふふー。船長と2人で映画、しあわせー」
船長「まったく(でれでれ)」
助手「男2人で映画なんてつまんないですけどね(でれでれ)」
映画館の女性「あら、かわいらしいゲイカップルの2人ね」
船長・助手「ちょ、ちょっと。誰がゲイカップルなんですか」
映画館の女性「どう見ても仲睦まじいカップルだけど。何を観るの?」
船長「『彼の見つめる先に』を二枚。。。」
映画館の女性「やっぱりゲイカップルじゃない」
船長「・・・・・」

(つづく)

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