楽園の地図 第87号 楽園の地図の原点を探る ゲスト:中馬さりの
もくじ
はじめに
今週のゲスト? 楽園の地図 (聞き手:中馬さりの)
〜旅で出会った忘れられない人
〜旅で変化する死生観
〜どこまで自分を出して旅をする?
〜記事にしにくいカフェのこと
〜旅好きの遺伝子が開花する
〜旅雑誌の面白さは雑で無駄があること
〜告知
おわりに
はじめに
1週間ぶり、楽園の地図です。毎週書いているとどうにも気分が乗らない週というのがありまして、今週はどうやらそれに当たります。ここのところ海外に行けてなくてネタが尽きてきてるとも言えるんですが。。
なんてことを思いながら、中馬さりのさん(36号、37号ゲスト)にまたゲストで出て〜なんてオファーをかけてたところ、「私から楽園さんに逆取材したい」とのことで、じゃあまあ、どうなるかわからないけどどうせこの媒体は自分語りなわけだし、さりのさんの取材を受ける形で1号分あげるかーってことで、今週はちょっと特殊な、私自身のインタビュー回です。ここからさりのさんにバトンタッチします。
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若い頃に旅をすると何度も話せてコスパが良いとは言うけれど
自分の最も秀でた能力が対人運だとしたら、最も劣っているのは記憶力。ついこの前の旅すら、ちゃんと動画や日記に残しておかないと、何がどう楽しかったのか忘れてしまいます。
だからこそ楽園の地図36号に出させていただいた時はとても嬉しく、取材のおかげで過去の旅を改めて思い出すことができました。「聞く側」として誰かがいてくれると言語化に拍車もかかります。
でも、いつも皆の旅を「聞く側」でいてくれる楽園さん。自語りこそあれど、取材されている回ってありませんよね。
ということで今回は、36号に出演させていただいた中馬が、楽園さんの旅の思い出をお聞きしたいと思います!
聞き手

中馬さりのさん
逆旅出版CEO。1992年東京生まれ。学生時代からライターになり、25歳で独立しフリーランスのライターに。ライターとして燃え尽きかけるも、旅に出ることで自分を取り戻す。2022年には出版社を立ち上げ、自らCEOに。YouTubeもやってます。(X)
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中馬(以下、中) 楽園の地図を読む度に、ひとつの要素から映画やら音楽やら色んな話が紐づいて、どんどん内容が膨らむなと思っていました。引き出しが多いと言いますか。よく言われませんか?
楽園(以下、楽) 自分のことを「ここがすごい」なんて言うのは恥ずかしいんですが、ちょっといいところがあるとしたら、例え話がうまいって言ってもらえることが多いです。「そういえば、これとこれがすごく似てる」って、全く違う2つのフォルダーの中にあるものを紐づけて考えるのが好きだからかもしれません。
中 物書きとしてはすごくほしい能力ですね。
楽 「ここは東京で例えると恵比寿みたいな町だ」って考えると、全然知らない国の知らない街が、こう、突然ちょっと身近に感じられませんか? そういうのが私は好きで、読者も面白がってくれたらいいなって思っています。
中 なるほど。ちなみに楽園の地図ではあまりでてきていませんが、映画や音楽と同じぐらい、記憶に残ってる「人」もいるんじゃないかなと思うんですが、どうですか?
旅で出会った忘れられない人
楽 面白いですね。それでいうと、「完全にあの人だ」っていうのがあります。
中 ナンバーワンがいるんですか。
楽 2019年の年末にタイのバンコクとパタヤとサメット島っていうところに行きました。まだ会社員をしていた時代だったので、年末年始の休暇を使って2週間ぐらい。そこで出会ったのが、アレックス(Alex)っていう中国人。2週間の旅の前半に会って。アレックスはたしか中国の昆明(こんめい、Kunming)ていう町の出身で、地元からバスに乗って陸路で来たと言っていました。昆明は雲南省で、タイ国境から近いんですよね。同じ部屋の中国人2人と仲良さそうにしていたので、てっきり地元の仲間達と一緒に来たのかなって思って聞いたら、行きのバスでの移動中に仲良くなったと言っていました。

昆明は行ったことがないんですが、雲南省発祥の雲南米線(過橋米線ともいう)ってメニューが美味しいです。写真は香港の雲南料理レストラン。雲南省の昆明といえば、中国の最西南部。ミャンマー、ラオス、ベトナムに隣接していて、美しい山脈、湖、棚田、渓谷など自然があふれ、4つもの世界遺産がある場所です。日本人からすると、地元からバスで他国に旅に出れるなんて羨ましいですね。
楽 他にもいろんな話をしました。アレックスはバンドをやっていて、ドラマーで、私も音楽が好きだから、それで盛り上がって、連絡先を一応交換して……まあ、その日は解散しますよね。でも、 2日後ぐらいに「今何してるの?」って急に連絡がきたんです。「まだバンコクにいるよ」って返事をしたら、「俺はもうバンコクを見終わった。もう見るところがない!」って。
中 まあまあ(笑)。確かに、旅をしていて見終わったって思う感覚はわからなくもありません。
楽 「だからパタヤに行ってきた」って。
中 パタヤ!いいですね、東京から、鎌倉ぐらいの距離感。
楽 そうなんです。バンコクからパタヤだったら、物価が安いですし、Grab(東南アジア圏の配車アプリ)でも行けるぐらいの距離ですよね。アレックスもGrabを利用して行ったそうで、ドライバーとめちゃくちゃ仲良くなったんだ、と。そのドライバーはタイ人のヤーって言うんですが、それからなぜかアレックスとヤーと私と私の奥さんの4人で、ずっと1週間以上一緒にいました。
中 一緒にいるって、どういうことですか?
楽 私と奥さんは2週間の滞在の中で、サメット島に行きたいとか、あの店に行きたいとか決めていましたし、宿ももう予約済み。なので、ヤーとアレックスは2人で一緒にどこか泊まって、ついてきてくれたんです。
中 「明日どこ行くの?」で、「あそこに行くよ」って言ったら、「じゃあ何時ね!」みたいな感じでしょうか。
楽 そうです(笑)。それで、バンコクの戦勝記念塔の近くにめちゃくちゃイケてる……なんていうか、面白いジャズ系のライブハウスで、生演奏を毎日やっている「サキソフォン」ってお店があるんですよ。アレックスはドラマーですし、音楽が好きだから気に入るかもと思って連れていったんです。そしたらもう、めちゃくちゃ楽しんでくれたんですよね。
アレックスはすごくアグレッシブで、すぐ誰とでも仲良くなるタイプだったので、演奏していたバンドの人達と仲良くなったといって、飛び入りで参加していました。
ジャズのセッションバーみたいなところって、飛び入りOKな曜日を決めているところとか、その日のライブ後に演奏したい人達が残ってフリースタイルで何かやるとか、そもそもジャズという音楽が持っている文化として飛び入り参加を拒まない文化があるからか、アレックスは飛び入りで参加して。演奏を始めたんですが、とにかく上手でした。中国でもバンド活動や音楽活動をしているとは聞いていたんですが、どれだけやっているのかは話を聞くだけだとわかりませんよね。でも友人という贔屓目をなしに「すごい!」と思いました。
まるでその場に元からいたかのようにドラムを叩くアレックス。観客の様子からも皆が楽しんでいるのが見てわかります。
楽 当時、ヤーとアレックスと私、男3人にはそれぞれ悩みがあったんです。 ヤーは癌になってしまって。治療が終わって良くはなったらしいんですが、歯が欠けて、少し……見ていて可哀想な状態に。日本人は基本的にみんな健康保険に入っていて、何かあっても安く医療を受けられますよね。よくわからないんですが、タイにはそういうものがないと言っていて。お金があれば多分治せるんでしょうけれど、やっぱり見た目が可哀想な感じなので、病気になるまでやっていた弁護士事務所での仕事も辞めなくちゃいけなくて、Grabのドライバーでつないでるって悩んでいました。
中 命に関する悩みって辛いですね。
楽 アレックスも、うつ病というか……。中国って日本以上に競争社会で、上にのし上がらないといけない文化があると言うか。アレックスの場合は親からのプレッシャーもあわせて、音楽や自分の好きなものを認めてもらえないと感じていた。
中 アレックス、ドラムが上手ですけどね……。
楽 私は当時、まだ社長をやっていて、とにかく会社を辞めたかったんです。もう、ものすごく辞めたかったんですが、社長の辞め方がわからなかったんです。よくあるのは大きな企業に買い取ってもらう、バイアウトみたいな辞め方。私も何社か「うちの会社いりませんか?」って聞きに行ったんですが、「社長が変わっちゃったら、それはもう全く別のものになっちゃうから買えないね」「買うとしたら、君がそのまま社長を引き継いで」ってことが多くて。
中 辞めるために会社を売るのに、売ったらより離れにくくなるような気がします。
楽 3人とも「人に言いにくい悩みを抱えている」って部分が似通っていて、「今まで英語でこんなディスカッションしたことあるかな?」ってぐらい込み入った話ができました。2週間ぐらい経って別れるときに、「じゃあ今度は中国に行ったら案内してね」「みんなも日本に来てよ」なんて会話をしたんですが、その後すぐコロナになって、行けなくなってしまったんです。 アレックスとは3ヶ月に1回ぐらいメッセンジャーでやりとりをしていました。そろそろ中国に行こうとしていた時に、アレックスが自殺してしまったんです。
中 え?
楽 たぶん、悩みがずっと続いていたんでしょうね。2019年の年末に彼らと出会って、2021年の春くらいに、アレックスが突然「これ地元の友達だから!」ってヤーと私と奥さんと繋がっていた4人のfacebookのグループに彼の親友を追加してくれて。タイの方がコロナを明けるのが早かったから、ヤーには2022年に会いに行ってるんですよ。
あと、2024年の8月にnoteでアレックスの思い出みたいなものを記事にしたんですよ。
でも、5年前に2週間一緒にいてとても仲良くなったと言っても、そんなに頻繁に連絡はしませんよね。だんだんと、なんとなく遠くなってきた2025年の始めに、アレックスが追加した友達がグループに突然連絡をくれました。「実はアレックスに2024年3月にこういうことがあって、アレックスのことを知っていそうな人達全員に教えていたけど、facebookの存在を忘れていて、教えるのが遅くなっちゃった」、と。規制があってVPNという特殊なサービスを使わないと中国人はfacebookを見ることができないから、彼らはfacebookをあまり見ないんですよね。きっと彼は1番の親友だったんだと思います。なので、お葬式にも出たらしいんですけど、ふとfacebookが気になって、それで僕らに連絡をくれたんでしょうね。
中 友達の彼が楽園さんの存在を思い出してくれたんですね。
楽 アレックスはすごくて、誰とでもすぐ仲良くなる人でした。ですが、常に周りを気を使っているというか、「楽しんでるか?」って声をかけてくれる人でした。もしコロナがなかったら、たぶん中国に行っていたでしょうし、最後に会いたかったなぁと思いますね。
中 日本と中国の規制が緩和されるのもなかなか時間がかかりましたからね。
楽 最後にアレックスとメッセージじゃなくて音声で話したのは2023年でした。その時には彼女がいて、アレックスの彼女とも喋って「アレックスも幸せになったね」なんて言って。それが最後だったので……人間わからないな、なんて思いますね。
中 旅で出会った後、アレックスみたいに関係性が続く相手ってめったにない気がします。
楽 数えるくらいですかね。日本人だと帰国後に会うこともあるし、どこか決まった国、「タイに行くならあの人に会う!」なんてことはありますけどね。でも、外国人でここまで、しかも「ただ旅で出会った人」ってカテゴリーで、そんなに頻繁ではなかったけど定期的に連絡を取り合う人は珍しいと思います。 もし春に連絡を取っていたら、未来が何か変わったのかな……とは思いますね。
中 考えちゃいますね。もしコロナがなかったらとか。音楽系やイベントを大切にしていた人達も、旅人と同じように、アイデンティティを奪われた期間だったなと思うので。
楽 でも、楽しそうにしてたんですけどね。コロナが流行って国境を閉じていた時期も国内旅行はできたから「中国を端から端まで自転車で旅行してるんだ」なんて言っていました。
中 中国を端から端までって結構広いですよ?!(笑)
楽 行動力があるんだと思います。やっぱり飛び入りでライブに参加するぐらいですからね。思いついたら即行動というか。その行動力ゆえに、、、っていう気もします。
はっきりと診断されたわけじゃありませんが、今思うと「あの頃なんかうつっぽかったな」っていう時期が私にもあって。でも、なんかこう、死にたいっていうのを考える元気すらなかったんです「よし、死のう!」っていうのも一種のアクションなので、体力というか、気力というか、何かがいると思うんです。アレックスはそういうのがありすぎるタイプで、だからそういう選択を選んじゃったのかなって気がちょっとします。
中 客観的にそう見えるだけかもしれないですけど、もう楽園さんは「アレックスはそうしたかったんだなぁ」って受け止めている感じがしました。
楽 うーん、どうだろう。なんかずっと苦しかったのかなっていう気がしています。もっと若かったら「なんでこうなったんだ」ってなりそうですが、40歳を超えたあたりから割と死生観が変わってきて。
旅で変化する死生観
楽 まあ、自殺っていけないことですよね。いけないことですし、してほしくありません。ですけど、どういう死に方かって話があるだけで、いつかは死ぬんだなって思う部分もあります。怒りとか悲しみはもちろんあるけど、ある意味しょうがないというか……。旅をしていても思いませんか? このトラックが横転したら今もう死んでしまうな、なんて考えること。
中 めちゃめちゃ考えています(笑)。飛行機に乗る度に。
楽 そうですよね。旅行中ってそうなんですよ。飛行機が落ちるとかは分かりやすいんですが、突然死んじゃう可能性は誰にでもあるって思います。
中 死にたがりなんじゃないか、みたいなタクシーもいますしね。
楽 そう、「ああ、これはもう死んでも仕方ない状況だな」みたいなタイミングがあって、なるべく死なないように頑張るけれど、それでも私は旅が好きで自分の意志でここにいるわけだから最終的にはしょうがないかなっていう気持ちがあるんです。旅に出るのは危険だからって、一生家に引きこもっているのは、それはそれで悲しいですからね。だから、外に出るしかないし、外に出る以上突然死ぬことはありえる。なんていうか、アレックスはアレックスなりにめちゃくちゃ一生懸命生きたんだという思いが強くて。それは確信が持てるというか。 だから「おやすみ」「Rest in Peace」っていう気分というか。悲しみ10割じゃない気がするんです。 ……これ記事になりますか?(笑)
中 私がはじめて出しゃばって、めちゃめちゃ暗い記事を作っちゃうかもしれません(笑)。でも、文章で上手く伝えられるか疑問ですけど、話のトーンとしては明るいですよね。そもそも死後の姿・死生観って国によってかなり違うじゃないですか。アレックスの話も……文字にしたら暗く見えちゃうかもしれませんが。
楽 アレックスのことは、ちゃんと記事にしたいと思っていたんです。こういう言い方も変ですが、みんなもっと死ぬことについて考えてもいいのにな、という気持ちもあって。
中 ちょっとインド的な思考ですか? 輪廻転生が前提にあって、今世で人間をしている自分が死んでも、来世や世界という大きな営みの流れは続いていて、また来世に巡る。なので、悲しみに浸りすぎる必要はないし、因果応報の考え方もあるから、ちゃんと死とも向き合って今世の行いをより良くする方にすべきだ……と言いますか。
楽 そうかもしれません。最近たまたま読んだ本に、インドネシアのトラジャ族っていう少数民族のことが書かれていたんですよ。

TRANSIT 63号「インドネシア・マレーシア・シンガポール」特集より、「死者と生きるトラジャの民」
楽 トラジャ族のいる場所は有名なトラジャコーヒーっていうコーヒー豆が採れるんです。なので、私もコーヒー豆の産地として知っていました。そのトラジャ族の人たちは誰かが死んでしまった時は、しばらく放っておくそう。その後、みんなで1週間もの間お祭り騒ぎで踊るそうです。それで「よかった、上に行けた!」みたいな、より良い場所に行ったんだって話になるそうです。だから、死が必ずしも悲しいという話でもないみたいで。
中 死が必ずしもネガティブじゃない価値観ですね。
楽 まあ、私は日本人で、日本の価値観で生きてるんで、やっぱり死は悲しいし、どんな人も自死を選ぶべきじゃないという立場ですけど。アレックスに関しては、よく生きたよって気持ち。
どこまで自分をだして旅をする?
中 ところで、アレックスとヤーと楽園さんには「悩みを抱えている」って共通点があったと思うんですが、そういうのって、どう打ち明けていくんですか? 旅先で誰かと関わることはあると思うんですけど、一歩踏み込んだ話ってどう始まるんだろう、と。
楽 そうですね、例えば沖縄の離島とかに行った時にフランス人の夫婦と一緒にご飯を食べて、いろんな話をしたことがあったんですが……それは大人の世間話でした。
中 社交ですね。
楽 そうです、魂が震えるような出会いではありませんよね。他には、タクシーに乗ったらドライバーと話しますが……。
中 それも社交の範囲ですね。魂が震えるってそうそうない気がします。
楽 でも、アレックスはヤーとパタヤに行った時に、もう癌の話はしていたみたいでした。だからこそ、3人でいても自然とそういう話題が続いたのかもしれません。
中 自分のことを打ち明けることにハードルは感じませんでした?
楽 まあ私の話は恵まれてはいるというか、2人に比べると大した話じゃないと思って。むしろ羨ましがられるようなタイプの悩みで、ハードルはありませんでしたね。
中 いや~、私、旅の途中で自分のことを開示するのは得意じゃなくて。むしろOLだとか、別人になっちゃうかもしれません。
楽 嘘をつくってこと?!
中 簡単にいうと(笑)。たまに既婚者になってみたり、学生になってみたり(笑)。
楽 そうなんですね。……あ、物語を作るほどの嘘でもなく、でもそれほど今の話を事細かに言わないっていうのならわかるかもしれません。
例えば、入国する時に職業を聞かれますよね? あれ、なんて答えていますか?
中 YouTuber! 「さり旅」という一人旅チャンネルを運営し始めてから、バックパックで旅しているのも相まって、「あ~はいはい、旅が好きなんだね」って止められることがなくなりました(笑)それまでは女性の一人旅ってどうしても不審に思われがちだった気がします。
Youtube:「さり旅」興味のある方はぜひチャンネル登録を!
楽 YouTuber止められないんですか?! 私はライターって書くと「ジャーナリストかな?」ってちょっと変に注目されてしまう気がして。この前はウクライナに行ったんですが、 ウクライナに入国するライターなんて、もうジャーナリストですよね。
中 そうですね(笑)。ライターってちょっと物議を醸すといいますか。
楽 ウクライナにはライターの先輩と一緒に行ったんですが、旅行作家で旅のことを書いてはいたんです。でも、ジャーナリストではありません。プロではあるけど、すごく微妙なポジション。そして私はその人についていく付き添い。いろいろ迷った挙句、職業欄にOffice Workerって書いて。
中 ライターとジャーナリストを行き来した先のオフィスワーカー(笑)。だいぶ離れましたね。
楽 当時も今も会社に籍があって、給料も少しもらってるから、嘘ではありません(笑)。そういう、嘘ではないけど、隠すみたいなことはやりますね。
あと、言語の問題もありますよね。込み入った話はしないほうがいいし、できないだろうなと思って、ふわっと終わらせると言いますか。
中 そういえば、改めて留学するのも検討されているって聞きました。そうしたら、より話せることも増えるでしょうか?
楽 そうですね。ただ、こちらの言語力もありますが、相手の理解力に合わせて喋らないといけないとも思っているので……。
昔、まだ独身だった時代にマレーシアである女性と出会ったんです。イスラム教徒の女性だったんでヒジャブを身に着けたマレーシア人の方だったんですが、私はライターで、向こうは広告関係の仕事で日本でいうマーケティングの仕事をやっていて。そういう共通言語があると、しっかり話せます。We have to be buzz on internet・・とか言っちゃったりして。
中 確かに、会話のしやすさは言語だけが壁になるわけじゃないですよね。
記事にしにくいカフェのこと
中 記憶に残っている「人」について聞かせていただいたんですけど、今まで旅した中でのベストオブ「カフェ」はありますか?
楽 ベストオブ「カフェ」ですか。町に1つお気に入りができるようなイメージなので、世界中で「ここ!」みたいなのは難しいですね。
すごく有名なカフェがある国や町ってあるじゃないですか。例えばオーストリアのウィーンの、200年以上の歴史を誇るホテル「ザッハー」にあるカフェで、ザッハトルテを食べたりとか。

カフェザッハーのザッハトルテ。ザッハトルテはウィーンで3、4個別のお店でも食べましたが、どこも美味しく、カフェ・ザッハーが特別うまいとは思わなかったです。基本的にはチョコレートケーキなんですが、あんずのジャムが入ってるのが味付けの鍵だと感じました。うまいよ。君も食べにくればよかったのに。
楽 そういうところにはもちろん行って、ちゃんとお決まりの銘菓ザッハトルテを食べました。それはそれで記念としてすごく良かったなって思います。
でも、私がカフェに求めているのって、ナチュラルさもあるんですよ。 家じゃないんだけど落ち着くというか、何も考えなくていいかなっていう感じです。そういうのをカフェに求めているので、ベストカフェって決めにくい。名前がないようなカフェの方が好きになってしまうので。
しかも、そういうカフェって書けることが少ないというか、「いや、あの、本当に落ち着けるいいカフェなんです!」ぐらいのコメントしか出てこないんですよね。
中 日常、なんですもんね。
楽 そうなんです。例えば、「この本が良かった」って時は語れることがいっぱいあるんです。人間もそうで、アレックスについて語ることは沢山あります。
でもカフェは、とてつもなく好きでも語るのが難しいんです。楽園の地図でも紹介することはあるけど、実は「珈琲も美味しい、フードも美味しい、景色がいい! 以上!」みたいな感じになってしまって、それでもとにかく好きというカフェが沢山あります。
中 ちなみに、カフェでは何をしているんですか?
楽 旅中と日常で違うんですが、日常だったら本を読んだりメールの返信をしたり、ちょっとした作業をしたり。
中 なるほど、確かに記事にはしにくい日常ですね。ただ思ったり考えるのと、記事だとか周りに共有できる状態にするのって、ひと工程ありますからね。
楽 あります。そもそも心の中のことをすべて外に伝わるようにするのは無理ですけど、でも文章とか記事が表現のなかでは最も自分の純度が高いと思うんですよ。
例えば写真家が写真で自分の表現をする時って、必ず社会があると思うんです。外の世界があって、それを撮ることで自分が投影される。でもその過程に、自分以外のいろんな要素がそこに入っているんですよ。
他にも、誰かと何か作るということは、いろんな人の考えが入ってきますよね。私は映画が好きで映画監督はすごくクリエイティブな仕事だと思っているんですが、映画というものの特性上、例えば俳優さんが存在して、監督は俳優に指示を出すけど、俳優さんは俳優さんの表現をやっていて、それを組み合わせるのが監督の仕事。だから映画監督にとって完成した映画は自分の作品ではあるけど、他の人の思考も絶対に入ってきてるわけですよ。
音楽も、例えばバンドなら自分達で作った曲だとしても、セッションする時には演奏者それぞれの解釈で演奏をします。なので、それぞれの考えが入ってきます。
でも、テキストって100%私なんですよ。それがテキストのいいところかもしれない。
中 取材対象者がいたとしても、表現を選んだり構成を作ったりする瞬間は自分しかいないですもんね。
旅好きの遺伝子が開花する時
中 そういえば、楽園さんが旅が好きだと自覚したのはいつ頃なんですか?
楽 うーん、そもそも親が旅好きだったんですよ。うちの両親はそれこそ北海道のゲストハウスで知り合って交際したらしいので。でも自分は別にいいかって思っていました。むしろ仕事が楽しいし、あんまり食べ物にも興味もなかったし、どちらかというと旅なんて暇な人が行くものなのかなとも思っていましたね。
中 ギラギラしている時期の楽園さんですね。
楽 小さい頃に家族旅行で海外に行ったことはあったんですが、自分自身で旅することはほぼありませんでした。その後、28才ぐらいの時に友達に誘われて台湾に行ったんですが、それも別に自ら台湾に行きたかったというよりは、当時仲良かった友達と一緒だったから行ったって感覚です。楽しかったんですけどね。その後、30才ぐらいの時に、仕事で上海に行ったんです。この時はめちゃめちゃ忙しくて、でも仕事で海外に行くっていうのが嬉しかったです。
中 かっこいいですよね。
楽 仕事だから何回も往復しますよね。なので、だんだん他のところにも出かけるようになって、どんどん楽しくなりました。 そこから「海外!海外!」という気持ちになりましたね。 親から受け継いだ、自分の中の旅好き遺伝子がようやく現れたような感覚です。
中 そこからお仕事をひとしきり頑張りきって今があるわけですが、旅と文章は楽園さんの好きなものとしてあるままというのは、本質が残ったんだって感じがします。
楽 そうですね。さっきの死生観の話じゃないですが、人生あと半分ぐらいしかないじゃないですか。
中 え~~~! 長生きしましょうよ!
楽 いやいや、平均寿命を考えても、もう半分すぎてるんですよ(笑)。あと半分って考えると、なにもかも全部できるわけじゃないって思います。もう、今まで生きてきたのと同じくらいの年数だけしか、生きられない。そうなると、自分のやりたいことを全て叶えるのは不可能。じゃあ自分の中で何の優先順位が高いのかって考えたときに、書くことは絶対し続けたいと思ったんです。
中 純度の高いものが残っているんですね。
楽 そうですね。1円にならなかったとしても、続けたいということばかりしかしてないかも。
中 そういえば、ある友達と前に「好きの純度って人によって差がありすぎるよね」って話をしたんです。私の中で純度の高い好きっていうのは、無人島でもやり続けられるかで判別できると思っているんですよ。他人が見てなくても、ついついやっちゃうレベルを好きって言うんじゃないかと。
楽 私が好きな中島らもっていう小説家が『砂をつかんで立ち上がれ』っていうエッセイの中で、「無人島で一冊だけ本を持っていくとしたら何を持っていくか」って文を書いていたんですよ。私も「どんな作品を持っていこうかな、仏教的な何かかな、哲学書かな」なんて考えたんですが、中島らもが「結局1番時間が潰せるのは俺が書いた本だ」って。「今ならここはこう書き直す!」とかやっていたら、時間がたっぷり潰れるはずだってなったんですよ。最終的に、必要なものは百科事典に白紙の原稿用紙を持っていくって結論になっていました。
中 確かに、自分が書いた文章はなんとなく覚えていますからね(笑)。百科事典と原稿用紙は最強かもしれません。私も、絶対誰にもバレてないんですけど、数年前に書いたブログをちょっとリライトしています。当時の私の語彙力では最上級ではあったんですが、なんかしっくりこない部分が、時を経てピタってハマる表現を見つけた時って楽しんですよね。
楽 この時の自分を残したい、というのはないんですか?
中 それはそれでいいんですが、リライトしちゃう派かもしれません。楽園さんは残しておくんですか?
楽 僕はやり始めたら全部リライトしちゃいそうなので。書きたいと思った瞬間が、一番パワーが強いと思うんです。だからあえてそこを残すメディアがあってもいいんじゃないかって。楽園の地図は未完成のまま出してる気分。
旅雑誌の面白さは雑で無駄があること
中 楽園の地図は旅雑誌をイメージしていますよね。やっぱり旅雑誌がお好きなんだなっていうのも伝わってきます。
楽 好きですね。特に、TRANSITが好きで、今も読んでいます。むしろ旅雑誌が好きというよりかTRANSITが好きかもしれません。あと飛行機の中で航空会社がだしている雑誌をパラパラ見るのも好きですね。
中 あれって楽しいですよね。でも、逆にいうと私はそれぐらいしか読まないかもしれません。旅をし始める前は旅雑誌っていう選択肢が頭になく、旅の最中は何か読むことも少ない気がします。
だからこそ、楽園さんの思う、雑誌の面白さを聞いてみたいです!
楽 雑誌って、最初は話題になっているものの企画や色んな特集があって、後ろには変なコラムのコーナーだとか、めちゃくちゃいっぱいコンテンツが載っていますよね。「これは」という自分の興味あるのも、そうでないものもいっぱい混ざっていて、パラパラめくると、突然目に留まるものがある。それって純粋な出会いで、サジェストされたものじゃないと思うんです。
中 偶然の出会いというやつでしょうか。
楽 そうですね。そうやって出会ったものは自分の興味の外側のコンテンツだと思うんですよ。さっき、飛行機の中で読む航空会社の雑誌の話をしましたが、たまたま飛行機に乗って、めちゃくちゃ暇で、ネットも使えない状態で、目の前にこの雑誌がある。そんな状況で読んでいると、私は「絶対この文字を検索しないだろうな」っていうのに出会うんです。それがいい。 それが雑誌の魅力だと思います。
中 楽園の地図でもそれを意識されているんですか?
楽 はい。楽園の地図はメールマガジンと言っていて、いろんな話を1記事にまとめています。本来、ネットに出すコンテンツとしては分割するべきなんでしょうけれど、映画の話も、音楽の話も1記事の中でします。そうすると、旅にしか興味なかった人がいつの間にか違うものに触れる可能性がうまれますよね。そういう偶然の機会を体験してほしいんです。
中 可能性が拡がっていくのって楽しいですもんね。
楽 なので、雑誌の後ろの方にある、何かどうでもいいページ。1番雑なやつってありますよね。あの雑な部分が雑誌の面白さです!(笑)
中 コラムみたいなやつですか?
楽 コラムもそうですし、とにかくよくわかんないページです。
中 まさに興味の外側のコンテンツですね。サジェスト検索じゃむしろ出せない話題です。
楽 ああいう無駄なものって、世界から消えていっているなとも思うんです。今はみんなAIで個人に最適化されたコンテンツを楽しんでいて。それで満足かもしれないけど、私は不満です。アルゴリズムの外に行きたい。
中 なるほど。なんかわかってきました。ひとまず楽園の地図バックナンバーで、どんどん楽しい無駄を増やそうと思います!
告知
最後にお知らせ!
楽園の地図オンライン読者会が25日(本日)、28日(3日後)のそれぞれ20時から行われます。
◾️楽園の地図オンライン読者会(Zoom編)
2025年4月25日(本日!) 20時(PM8時)〜1時間強
ゲスト:神田桂一さん(ライター)
※当日、楽園さんは顔出しで参加します。耳だけの参加の方も歓迎します。
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当日、以下のURLよりお書きください。このURLを知っている全員が参加可能です。
トピック: 楽園の地図のZoomミーティング
時刻: 2025年4月25日 08:00 PM 大阪、札幌、東京
Zoomミーティングに参加する
ミーティングID: 814 6295 7175
パスコード: 2PUYLk
◾️楽園の地図オンライン読者会のゆるゆる版(Xライブ編)
2025年4月28日(このメールの送信日から3日後!)
20時(PM8時)〜1時間強
※神田桂一さんも参加されます。
※音声のみ
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当日、楽園の地図のXアカウントよりライブ配信を行います。参加予定の方はフォローして
いただいた上でお願いします。
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おわりに
楽園の地図「ギリギリ生きてまーす」
アレックス「どうやら死んでまーす」
二人「2人合わせて『あの世ーず』でーす、漫才しまーす」
楽園の地図「いやしかし、突然死ななくてもね」
アレックス「ごめんごめん。連絡しようと思ったけど、VPNがなくて。あ、でも中華製のVPNあればあの世からも通信できるんだよ」
楽園の地図「中華製VPNすげえな、おい。てか、そうじゃなくてさ、なんで急に死んだんだよ」
アレックス「・・・それは、お前はなんで生きてるの?」
楽園の地図「それは、、、さあ、わからない」
アレックス「そんなもんだよ。人はいつ死ぬかわからないし、いつまで生きるかもわからない」
楽園の地図「かっこいいこと言ってるんじゃないよ。てか最悪だよ。俺の身近にいる人さあ、これでたぶん4人は自殺してるよ」
アレックス「死神でもついてるんじゃないの。こわいこわい、近寄らないで。殺されそう」
楽園の地図「もう死んでるんだよ!」
アレックス「不謹慎なツッコミ(笑)。でも生きるって大変だよねー。生きてる人尊敬しちゃう」
楽園の地図「生きてるといいこともあるんだよ」
アレックス「どんないいことあるの?」
楽園の地図「生き残ると、こうやって死者をネタにして記事ができるんだよ。お前のセリフもこうやって、生者が勝手に操れるってわけだ」
アレックス「た、確かに。自分のセリフが勝手に書かれている」
楽園の地図「お前はドラムの演奏が上手かったけど、生者である私が下手くそだったって書けば、下手くそになっちゃう。ふふ。真実は生き残ったものが決めるのさ。ああ、生きてるっていいな」
アレックス「これが本当の死人に口無しってやつー」
楽園の地図「読者の皆さん、死ぬぐらいなら好き勝手生きろ!俺もそうするー」
アレックス「いいメッセージだな。ということで、そろそろ成仏しまーす」
楽園の地図「おあとがよろしいようでー!また次回、輪廻転生!」
(わかってると思いますが、このやりとりはフィクションです)

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