楽園の地図 第84号 台湾・高雄。第二の都市が織りなすエレジーと下町グルメ

もくじ
はじめに
今週の楽園 高雄の下町の枯れた魅力と下町グルメ(高雄/台湾)
今週のオアシス 世界各地のZARA(ニューヨーク、ボストン、ミュンヘン、メルボルン他)
今週楽園に行けない人のために オクジャ(韓国&ニューヨーク)
今週楽園で聴きたい音楽 クリスタルシティ/大橋純子(東京/日本)
おわりに
はじめに
旅と変化
楽園の地図は、その名の通り日常を忘れるような楽しい体験を提供するメディアです。一方、毎週更新、かつ、書き溜めしない、という方法をとっていますのので、この「はじめに」は、その週の現状を書くことが多いのですが、今週はなんというか、個人的には辛いことの多い1週間でした。最後の最後になって光明というか、出口のようなものは見えてきた1週間でした。私は「停滞」が苦手です。だからこそ、移動、そして旅が好きなのですが、旅というのは実に幅広い概念で、移動を伴っていて、それが何か変化をもたらすものであればすべて旅と言えなくもありません。そういう意味で、私が常に渇望しているのは変化です。変化の結果、大失敗することもあるかもしれませんが、それも旅なればこそ。どんなに失敗しても明日また目がさめればあら不思議、また新しいチャンスがやってきます。これを読んでいるみなさんも、変化を恐れないでほしいと個人的には思います。変化こそが、日常を壊して新しい日常を作り出す装置です。そして、旅は変化の象徴です。
なんか抽象的な話になってしまいましたが、とにかく楽園さんは今週も必死で生きてますということで。今日は今年旅して大好きな街になった高雄を紹介します!
あと、なぜか偉そうにファッションを語るコーナーも!
今週の楽園 高雄の下町の枯れた魅力(高雄/台湾)

南華観光商圏
台湾の大阪、高雄はとにかく食い倒れるべし!
台湾第二の都市、高雄。
はじめての街に降り立つと、そこが東京やニューヨークのような大都市でない限り、まずは中心がどこなのかを見定め、そこに行ってみることが多いです。高雄という街には赤と黄色の二つの地下鉄路線があって、それを取り囲むように黄緑色のトラムがぐるぐると回っています(高雄市路線図)。で、黄色と赤が交わる駅が美麗島駅(Formosa Station)で、どうやら街の中心と言えそうです。今回のマガジンの冒頭のあの煌びやかなステンドグラスのある珍しい駅。
中心部がわかったら早速そこから歩くことになるのですが、まずは南華観光商圏という「商圏」、日本語で言えば商業地、まあ商店街に行ってみたのですが、この通りを歩いているときにふと郷愁に駆られました。高雄の商店街は、大阪の商店街に似ている、と。そもそも台湾そのものがちょっと大阪っぽさを感じる街並みなのですが、なかでも高雄は大阪に似てると直感しました。このあんまり人がいない感じ、若い人が着るんだか、おばちゃんがターゲットなのかわからない、謎の洋服を売ってる感じも、昭和の、私の記憶の中にある大阪って感じ。
考えてみれば、高雄は大阪と同様、その国(地域)の第2の都市です。さらに、港町でもあります。そうやって考えてみると、この街は韓国の釜山にもよく似ています。大阪、釜山、高雄。この東アジアの3つの都市が、私の中の記憶のシナプスがくっつくように、ピタッとつながりました。共通点は、ちょっとだけ寂れた、栄光の過去を引きずった市街地。
これは大阪出身の私だから思うのかもしれませんが、この3つの町には、独特のエレジーが流れています。すごく簡潔に言えば、「枯れた魅力」と言えるかもしれません。なお、高雄の駁二藝術特區(第二芸術特区)という場所は、高雄のウォーターフロント沿いのかつての倉庫街を再開発してできた新しい地域で、お台場、みなとみらいみたいな場所です。ここには歴史もなければ当然エレジーはありません。でも、中心部の旧市街に漂っていたのは、往時の賑わいを感じさせる商店街です。

堀江商店街
高雄の下町、堀江商店街も、大阪で言えば船場商店街の裏手あたり、プサンで言えば釜山駅裏手のごちゃっとした商店街を彷彿とさせます。なんというか、首都にはない緩さと言いますか。こういう場所は、小銭を握りしめて下町グルメに繰り出すのが正しい観光のあり方です。早速おすすめの下町グルメを紹介しましょう。
下町グルメ1・港園牛肉麺館

港園牛肉麺館
港園牛肉麺館は、その名の通り、麺の上にスライスした牛肉が乗ったシンプルな料理、牛肉麺を味わえるところです。これがうまいんですよってことで写真がこちら。

牛肉麺
ここは台湾通の素敵な方に紹介してもらったんですが、汁なしを頼むのが通とのこと。んー、これはすごい。汁なしと言ってもちゃんと底の方には汁がたまっていて、牛丼で言うところの「つゆだく」に似ています。ここは下町、大衆的なお店。わんぱくにずるずるいっちゃってください。すると広がる絶妙な出汁。麺にもスープが染みています。麺にスープが染みてるということは、ラーメン感覚で言えば「伸びてる」と言えますが、この伸び具合が絶妙。これでもかと、ダシ汁がお口いっぱいに広がります。あー、うまい。うまい。ちょっと落ち着いたところで別添えのスープ。うーん、すっきりとした味わい。
汁なしだから、まだもう一軒いけますよね。行っちゃいましょう。
下町グルメ2・鴨肉珍

鴨肉珍の「鴨肉飯」
まさに鴨肉をルーロウファン風に味付けしたメニューなのですがこれが格別なのよ。いわゆるルーロウファンは往々にしてあまり肉が多くないのですが、ここは鴨肉をこれでもかと盛ってくれます。写真はサイズ「小」で、60元(約260円)、「大」は70元(約310円)なので大の方がお得かも。あ、私と同様、野菜も忘れずに。「湯青菜」と書いているところを指差せばもらえるはずです。台湾のいいところって、外食で気軽に野菜がちゃんと食べられることが挙げられます。海外旅行の外食はついつい、炭水化物とタンパク質になってしまいますからね。紹介しているお店は衛生状態良好ですが、なかでは衛生状態が気になるお店でも、生野菜じゃなくて茹でや炒めが出てくるから安心感もあります。
どうでしょう。疲れた商店街と思いきや、最高の街でしょ。鴨肉飯を、牛肉麺をどかっと食らった瞬間、噛み締めてください。これが、これこそが、高雄の下町なんです。あ、あと、昼飯はこのように軽食のはしごで済ませて、夜はぜひ魚が店頭で泳いでるタイプの海鮮系のレストランに行ってみてください。これで、あなたの高雄は完璧。
さて、思うに、台湾食が日本人に愛される理由として、「ダシのうまみを活かすことを分かってる」という点が挙げられると思います。私の周囲の台湾好きはなぜか関西人が多いのですが、どうも「ダシ好き」が関与してると妄想しております。
以上、楽園の地図による、プチ食レポのコーナーでした。
今週のオアシス 世界各地のZARA(ニューヨーク、ボストン、ミュンヘン、メルボルン他)

ニューヨーク、5番街のZARA
北米や欧州のZARAが好き、というか使える
台湾からひとっ飛びして、ニューヨークへ! メルボルンへ! ミュンヘンへ! ボストンへ! これは私が世界各国で訪れて服を買ったZARAのリストです。旅中に、ZARAには大変お世話になりました。
ここから北米や欧州に行く旅行者へのワンポイントアドバイスです。私たち日本人(あるいはこれを読んでるのが韓国人でも中国人でも)は、北米や欧州に行けば、余すことなくカラード、黄色人種でございます。ええ、私たちはマイノリティです。アジア人だと言うことで、ほんの少しだけ旅はハードです。生暖かい目でみられます。要はダサい奴らが来たと。悔しいね。肌が黄色いってなんですか? あんた、目がおかしいんじゃないの? わたしたちの肌の色はどちらかと言えばベージュだろうがよ。あるいは日焼けすればカーキ色ぐらいだろ。どう見たら黄色く見えるんだこのバカタレが! 黄色ってのはお前らが大好きなホットドッグにかけるマスタードの色だろうがよ! あ、すみません、旅先の苦い経験を思い出してついカッときちゃいました。
東京の銀座あたりに行きますと、大陸系の中国人が我が物顔で闊歩しているのが風物詩の一つとなってますが、お金を落としてくれるからみんな許しているものの、爆買いしている彼らを私たちはほんの少し鼻で笑ってますよね。でも残念! ニューヨークに行けば、私たちも彼らと同様の目でみられています。カッペがきたなって。しかも今時の日本人はブイブイ言わせてる中国人よりも金払いが悪い!ケチ!ということで下手をすると日本人は無価値の最下層と扱われるかもしれません。でも、それはちょっとヤじゃないですか。なんか、爆買い中国人も、楽園の地図を読むようなイケてる読者の方も、同じくくりだなんて。
はい、そこで私が、北米&欧州旅で気づいた、簡単にイケてる東洋人になれる方法を伝授しましょう。まずガラ物、英字がプリントされてるような服、キャラクターもの、そういうのは全部アウトでございます。今すぐ荷造りの荷物からはずして、無地で、なるべく地味そうな服を選びましょう。
もっと手っ取り早く「現地のイケてる東洋人」になれる方法があります。それは、地元在住のアジア人を観察することです。よく観ると、地元に溶け込んでいる東洋人(たいていは在住者)と、浮いている東洋人(たいていは旅行者)がいます。ここで狙うは在住のアジア人です。大抵は地味な服を着ています。だいたいのトレンドがわかったら現地のZARAに行ってコーディネートしましょう。ZARAはなぜかスタバと同様、さまざまな都市の観光名所に近い場所にあることが多く(そういう営業戦略なのでしょう)、安価で服が買えるので便利な場所です。もちろんH&Mでもユニクロでもいいんですけど。こだわりがなければZARAに行ってください。
卑近な例で申し訳ないのですが、私がボストン(2017年)のZARAで現地に溶け込むために購入した服はこんな感じ。

おじさんの自撮りですみません。ボストンのZARAにて。
卑近な例で申し訳ありません。ボストンに住むアジア人を意識して、現地に溶け込めるファッションを選んでみました。まあ、日本で言えばノームコアって呼ばれてるファッションが世界のトレンドなのですが、要は目立たない服を選んでください。あと、男性限定ですが、できればタイトで、ボディラインが出やすいものを選んでください。私たち日本人は米国人の平均値より痩せ型なので、身長が足りなくてもほんの少しだけシュッとして見えます。女性もモテたければボディラインが強調される服を選んでもいいですが、ナンパ、痴漢される可能性も上がります。そして、足が早そうに見えるよう工夫してください。これはおしゃれじゃなくて治安上の問題です。スリや暴漢が来た時、腕っぷしでは叶わないかもしれないけど忍者並みに俊敏だぜって感じを演出しましょう。だから、女性で言えばフリルとか、そういうのは御法度でっせ。
上下合わせて7000円。プライスレスでした。これで爆買い大陸系中国人と一線を引けるぜ! 現地でファッションミスったら男も女もすぐZARAへ!
今週楽園に行けない人のために オクジャ(韓国&ニューヨーク)
これは、ポン・ジュノ版・時計じかけのオレンジである!
ポン・ジュノ監督は、韓国生まれで世界的な知名度を誇る監督で、なんといっても、『パラサイト〜半地下の家族〜』の監督として世界で知られています。彼の作品は全部見ましたが、ぜんぶ最高なので、もし観る映画がないよ、とお嘆きの方は、ぜひご自宅でポン・ジュノ祭りをしてみてください。『吠える犬は噛まない』(2000年、長編デビュー作)、『殺人の追憶』(2003年)、『グエルム』(2006年)、『スノーピアサー』(2013年、ハリウッドデビュー作)、そして表題の『オクジャ』(2017年)、みんな最高の映画です。間違いなく、現代のアジアから生まれた世界的な天才の一人です。
彼の映画は、常に主人公や登場人物が不条理な状況に追い込まれます。その不条理な状況の中での醜い(しかしながらゆえに一瞬の煌めきような美しさもある)人間模様を描いているので、物語の根本としては『イカゲーム』なんかと共通しているとは言えます。ただ、ポン・ジュノの魅力は物語の構造の強度にとどまりません。『オクジャ』に典型なのですが、「結局のところ誰が一番悪いのかわからない」「一見、善と描かれている人間にも必ず悪が介在している」「その逆に悪の中にも正義が見え隠れする」「誰もが良かれと思って動いた結果非常に不条理な空間が作られる」「最も善から遠い存在が、なぜか物語の進行上主人公を助けることになることもある」「正義面した人間が最も厄介」というカオスな不条理っぷりです。この誰を信用していいかわからない、誰も信用できないという不条理さは、映画史上に残る大名作にして怪作「時計じかけのオレンジ」に匹敵します。例えば、まさに「誰もが良かれと思って動いた結果仕上がった不条理空間」をたっぷり描いたあとに、ある人物がその光景を見下ろし「バカばっかりだわ」と呟きます。もちろん視聴者としてはその発言に共感しますが、しかしながらその人物は物語上いちばんのヒールとされている人間なのです。でもそれって、世の中に転がるあらゆる事象にSNSや井戸端で毒付いている私たちそのものじゃないですか。いやー、すごい。
眉唾は、ジョニー・ウィルコックス博士。彼は個性豊かなオクジャ世界の中でもとびきり人格が破綻した、本心が見えないマッドサイエンティスティックなヒールを快演しますが、そんなヒールの中のヒールですら、動物をいじめる際に、泣きながらいじめ、これも仕事だからと泣くのです。ちゃんと物語を精巧に拾えば、彼は確かに発注に応えてるだけと取れます。そしてその罪悪感ゆえにマッドサイエンティストになった。そういうサイドストーリーが見え隠れします。いやー、すごい(二度目)。
映画というメディアは、物語の軸となる人物に移入するメディアといえます。今回においてはオクジャという謎の生物(品種改良された豚)と、それを育てた韓国人の少女が主役なのですが、彼女はこの物語において唯一の真白な人間(何も悪いことがない)で、観る方はきっと彼女に感情移入してみることになると思います。でも待ってください。あなたは豚を食べますよね? その豚、どこかの誰かが丹精込めて作った豚で、少女の涙が詰まっているかもしれません。つまり、遠い意味ではあなたもオクジャをいじめる側に立ってるんです。いちばんの悪は、これを観ているあなたかもしれません。そうやって笑ったり怒りを覚えていたあとで、「待てよ、私も悪人の一人かもしれない」と冷や汗をかいたところ、スクリーン裏でポン・ジュノがニヤリと笑っています。そんな映画。
今週楽園で聴きたい音楽 クリスタルシティ/大橋純子(東京/日本)
結局のところ、日本人はR&Bが大好きなの? 興味がないの? どっち?
たまには気軽に邦楽でも紹介しましょうか。クリスタル・シティ。1978年の曲です。ボーカルは大橋純子さん。大橋純子さんと言えばこの曲以外にシンプル・ラブ(1977年)という曲のほうが有名なのですが、あえて今日の気分はこちらで。眠らない大都会に朝がやってくるシーンを描写した隠れた名曲。昨今、シティポップというジャンルの音楽が再発見されていますが、この曲は1977年という発表年や、都会をイメージした楽曲であることから、シティポップと紹介していいと思うんですが、あまり大橋純子さんはシティポップにカウントされないですね。というのも、大橋純子さんの声がとてもソウルフルで個性が強いからだと思うんですよ。J-POPの歴史を俯瞰すると、大橋純子さんは女性R&B歌手の先駆けの一人だったんじゃないかなと個人的には思います。
日本は文化的に外国から来たさまざまなものを飲み込んできました。音楽で言えば、ロックや、ヒップホップなども、すっかり飲み込んで咀嚼して、自分たちのものにした感があります。でもR&Bという音楽のジャンルに関しては、本当に自分たちのものにできたのか、ちょっと謎なんですよね。宇多田ヒカル(1998年デビュー)やMISIA(1998年デビュー)あたりが日本のR&Bの代表格だと思うんですが、「歌が上手くて、歌い上げる感じの曲」「音域が広い歌手全般」ぐらいが音楽好きではない一般層に対するR&Bのイメージとして定着した気がするんですが、本質的なR&Bの在り方とはまったく異なるものです。R&Bはブルースやゴスペルに影響を受けた音楽で、かつてレイス・ミュージック(=黒人大衆音楽)と呼ばれたジャンルなのですが、音楽を人種で区切るべきではないという考えと共にこの呼び名が廃れ、その後に名付けられた音楽を指します。つまり、先達の黒人へのリスペクトが根本にほしいところです。
日本の音楽史上で最も古いR&Bと言えば、キングトーンズ(1958年結成、1968年のグッド・ナイト・ベイビーで有名)、女性なら、和田アキ子(1968年「星空の孤独」でデビュー)が古参だと考えてますが、その後直球でR&Bを打ち出したミュージシャンは登場しません。大瀧詠一(1972年の指切りはかなり黒っぽい)や山下達郎は明らかにR&Bやドゥワップの影響を受けていますが、この時に山下達郎はR&Bを含む洋楽サウンドをうまく日本語のポップスに落とし込んで雛形を作ります。それが、今日シティ・ポップと言われている音楽の原型だと私は考えています。なので、シティ・ポップとR&Bは日本においては兄弟のような関係だと思うし、「シティポップとは、70年代に日本で土着化したR&Bの(やや飛躍した)解釈である」という見方もできると思います。その証拠が、この大橋純子の、シティポップぽくもR&Bぽくもある音楽に表れていると思います。このシティ・ポップ(当時はニューミュージックと呼ばれていました)の中で、より黒っぽさ、R&Bっぽさを強調した形で出てきたのがシャネルズ、後のラッツ&スターですね。大阪では上田正樹なんかもいました。
80年代の日本のR&Bの転機は久保田利伸(1986年デビュー)でしょう。久保田利伸は、それまでの山下達郎マナーのシティポップの延長上にあるR&Bとは違う、アメリカで流行ってるR&Bに近い音楽形態で登場しました。現代的な意味でのR&Bの源流ということで言えば、久保田利伸が元祖ということになるかもしれません。その後、中西圭三、ZOO、渋谷系の時代に入ってオリジナルラブなんかが出てきます。この時代には久保田利伸がいるから、久保田利伸がやってる感じがR&Bなんだなという共通見解がこの時代にはありました。でもまだ、そんな感じ。その後、1995年にUAが「HORISON」という曲で、ACOが「不安なの」という曲でデビューします。彼女たちの曲は、当時のクラブミュージックで流行っていた音楽を取り入れたポップスでしたが、これがR&Bとして聴くこともできるという絶妙な距離感の音楽です。この路線は当時大受けし、歌がうまい女性シンガー(往々にしてそれはR&Bっぽい歌手が多い)を、「歌姫」「ディーバ」などと形容するようになりました。この流れが先ほどのMISIAや宇多田ヒカルにつながっていて、ここに日本の土地にR&Bは定着したように見えました。が、大流行した反動か歌姫ブームはあっという間に鎮火し、R&Bシンガーもあんまり流行らなくなったみたいです。ただ、EXILEやDA PUMPはR&Bだって見方もできるし、星野源や藤井風、中村佳穂なんかは明らかにR&Bをやってると言え、なのにR&Bシンガーとは扱われないという複雑な状況です。
駆け足で日本の音楽シーンにおけるR&B史を私見たっぷりで振り返ってきましたが、結局のところ、日本人はR&Bが好きなのか嫌いなのかわからん!と言えます。ロックやヒップホップのようにはっきりと定着せず、でもジャンルとしては常に存在し時代ごとにアーティストがいて、宇多田ヒカルのCDは日本の音楽史上最も売れて、なんならその時代その時代で売れているアーティストは常にR&Bの要素があり、だけどR&Bを前面に押し出したアーティストは少ないという不思議な状況が続いています。「日本人とR&B、その表現と消費、そして更新」というテーマなら卒業論文が書けそうです。もしこの項目を読んでいる大学生のみなさん、書いてみません? 論文制作手伝いますよ!
おわりに
(タンザニア・ザンジバル港に上陸した船長と助手)
男「Unatoka wapi? Unatoka wapi?」
助手「アー、イングリッシュ、オーケー?」
男「Unazungumzia nini?」
船長「おい、なんか聞かれてるぞ。なんだって? なんて言ってる? 何語?」
助手「えーっと、ガイドブックによると、タンザニアの言葉はスワヒリ語と英語ですね」
船長「じゃあスワヒリ語か。スワヒリ語なんて1ミリも知らんな」
助手「コップンカー(ขอบคุณค่ะ)!」
船長「なんでタイ語なんだよ」
男「Nyie ni wafupi.」
船長「ワフピ?」
男「wafupi.」
助手「ワフピ!ワフピ!」
男「(笑いながら)wafupi! wafupi!」
男&助手「(笑いながら)wafupi! wafupi!」
助手「船長〜。何を言ってるかわからないけど、なんか仲良くなりましたよー。自分を指差してワフピって言えばいいみたいです〜」
船長「いやー、これは大変だな。どうすりゃ船の燃料と食糧をゲットできるんだろ・・・」
(その頃、船長と助手が去った船の中では、、)
居残りスパイ「あら、あの子達、スマホを船に置いていってる。大丈夫かしら・・・」
(つづく)
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