楽園の地図139号 ソウルに行くつもりじゃなかった(中編)ヒップな「解放村」 編

解放村 新興市場/Orang Orang Cafe/BINI/82年生まれ、キム・ジヨン
楽園の地図 2026.10.30
誰でも
Hyundai Card Music Library, Itaewong, Seoul, Korea

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もくじ

はじめに デジタル国家とアナログ国土
今週の楽園 ソウルに行くつもりじゃなかった(中)〜ヒップな解放村(ソウル/韓国)
今週のオアシス Orang Orang Cafe(解放村 新興市場/ソウル/韓国)
今週楽園で聴きたい音楽 BINI「Bikini」(マニラ/フィリピン)
今週楽園に行けない人のために 映画『82年生まれ、キム・ジヨン』(ソウル/韓国)
おわりに

はじめに

デジタル国家とアナログ国土

寒くなってきましたね。毎年冬になると東南アジアに逃げることが多い私ですが、今年最後の旅はフィリピンに決定しました。来月からフィリピンに行ってきます。

最近はどうしても世界情勢が気になってニュースを見てしまうのです。ウクライナとロシア、イラン、ガザ地区、そして日本ではあまり報道されていませんが、イエメン(参考)やエチオピア北部での内乱もかなり気になっています(参考)。

ですが、特に個人的に気になっているのはバルト三国とロシアの間の緊張です。特にバルト三国で最も南に位置するリトアニアでは、親ロシアのベラルーシと、ロシア領の飛地であるカリーニングラードに挟まれているという地理的なリスクもあり、米軍の継続的な駐留に加え、恒久基地の設置も求めています。首都ビルニュスはベラルーシ国境から約30キロしか離れていません。米ランド研究所の2019年の分析では、攻撃方向やベラルーシの参戦次第では、首都が急速に制圧されるおそれも指摘されています。これに対してロシアは、もしカリーニングラードを孤立させるような動きがあれば核兵器も辞さないとNATO諸国に警告しています。一方、周辺ではドローンの領空侵犯も相次いでいます。こちらには、ロシアへの攻撃中に航路を外れたウクライナの機体も含まれ、すべてがバルト諸国への威嚇を目的としたものではありません。

バルト三国の一つ、エストニアはデジタル国家として有名です。もともと、人口約130万人の小さな国家で、旧ソ連から独立した際は国家予算が乏しく、限られた予算で行政を整える必要があり、切実な危機感を持ってデジタル化を進めてきました。2014年に、ロシアはクリミアを実効支配下に置きますが、それを見ていたエストニアは震えあがりました。ロシア軍が本気で攻めてきたら、小さな国土しかないエストニアは国家丸ごと占領されてしまう恐れがあるからです。そこでエストニアは以前から進めていた備えをさらに強化し、「データ大使館」なるものを構築しました。これは、国家のさまざまなデータ(人口登録、土地登記、企業登記、税関係、官報など重要な国家データ)を物理的に海外にバックアップを取る仕組みで、協定によりルクセンブルクにデータが置かれています。これは、国家が物理的に国土を失ったとしても、データを保存しておき、再び国土の支配を取り戻したときにすみやかに復元するための発想と考えられます。もっと言えば、国家は国土を失ったとしても存続する可能性もあるということができるからです。

これは国家だけの話ではなく、個人にもこういうことってあると思います。大事な資料、資産をデジタル化しておいて、いつ何があってもバックアップを取れるようにしておく。そうすれば家が火事で燃え尽きても、戦争や大地震に巻き込まれても、避難した地域で新生活を立て直しやすくなります。そして、国家のアイデンティティをデジタル化するというエストニアの選択に、個人も学ぶところがあるはずです。家や地元にアイデンティティを全振りしていると、いざというときにすぐに避難ができません。

日本を含むアジア地域では、ここのところ地震が多発しているように思います。つい先日はチベットで地震がありました。あるいは、円安が極端に進行し、生活コストが上がって東京や家賃の高い地域に住めなくなる可能性。さまざまな状況を考えて行動すべき時代になってきました。

そういえば、今回訪れた韓国も、北朝鮮との緊張を抱えるデジタル化の進んだ国です。エストニアとは事情が違いますが、社会がどれほどデジタル化されても、隣国との地理的な関係から自由になれるわけではありません。そんなことを考えながら、今週はソウルの話の続きを。

今週の楽園 ソウルに行くつもりじゃなかった(中編)〜ヒップな「解放村」(梨泰院/ソウル/韓国)

(前編は前回の記事をご覧ください)

さて、ローカルなムード漂う、ソウルの『東京都北区』こと韓国外国語大学前の街での2日間を終えた私は、まずは都心方面に向かって、종로5가역(チョンノオガ駅/鍾路5街駅)で降りて、大好物の孔陵タッカンマリを食べました。ここのタッカンマリが、本当に何度食べても美味しいんですよね。

以前、이대역(イデ駅/梨大駅)近くの新村店で食べたことがあり、私の記憶ではそちらのほうが美味しかったように思いますが、私の記憶が美化されているのか、店舗の差なのかわかりません。旅先で何度も同じ店に戻るのは、味を確かめているようで、以前の自分に会いに行っている気分になります。Google マップの評価ではどちらかと言えばチョンノオガの方がポイントが高いので、たぶん私の記憶違いだと思います。でも、どっちで食べてもめちゃうまい。

おいしいタッカンマリ。

おいしいタッカンマリ。

ネギと鶏肉のみという引き算が効いたメニューで、もちろん韓国らしく、さまざまな方法で味を濃くはできますが、ぜひ薄味のまま召し上がってほしいと思います。こういう薄味の料理は韓国では意外と貴重で、その希少性も相まって、私のなかではポイントが上がるんですよねえ。

食べ終わったら速攻でバスに乗り、동대문역사문화공원역(トンデムニョクサムナゴンウォン/東大門歴史文化公園駅)近くにあるホテルにチェックイン。深夜まで大変賑わっている東大門に近く、祝日にもかかわらず飲食店やカフェの選択肢が多く、いい場所でしたね。

カフェで仕事を済ませて、チンマンドゥ(韓国風蒸し餃子)のお店に行って、明洞(ミョンドン)の夜市とコスメショップを冷やかす。そして、まだ原稿仕事が残っていた私は、24時間営業の無人カフェなどという不思議な業態を見つけて、そこに行ってみました。

行ってみたら、マシンアームがコーヒーを淹れてくれるという、日本ではあまり見かけない業態で、店員のいないカフェでのんびり作業できるという、いわば「リッチな自販機コーナー」と「24時間眠らないカフェ」の中間とも言える場所でした。ちなみに、深夜3時まで仕事してましたが、私のほかにも韓国人が2人、資格の勉強や残務仕事をしていました。遅くまでごくろうさまです。こういう誰もが眠っているような時間にも、それぞれの事情で起きている人がいる。そんな人たちと、名前も知らないまま同じ空間を共有するのも、旅の面白さのひとつです。

日本ではいまやファミレスも24時間営業が減っているなか、こういう業態は新宿や渋谷などの都会にあったら流行るかもしれないのにな、と思いました。社会勉強のためにみなさんも行ってみることをおすすめします。

で! 翌日! 韓国といえば梨泰院(イテウォン)でしょう。ということで行ってきました。

新しめのレコード屋を眺めたり、(スケート)ボーダーっぽいセンスのアパレルを見たり、ちょっと見晴らしのいい場所(このメルマガの冒頭の写真参照)を見たり、マキシムプラント(Maxim PLANT)という大人気っぽいカフェ(おすすめ)に行ったり、ドラマ『梨泰院クラス』のロケ地としてお馴染みの、Nソウルタワーが見える緑莎坪陸橋(ノクサピョン陸橋)あたりで写真を撮ったり、観光客っぽいことをたっぷりやってみました。

ドラマでお馴染みの場所

ドラマでお馴染みの場所

なんですが!

ここからが読者にだけ教えたい情報で、今日の特集の核心です!

山や谷が多く、起伏の激しいソウルには、都心に近いにもかかわらず、駅から延々と坂道を歩かなければならないような場所があります。特にGoogle マップかNAVER マップあたりを見てもらうとわかりますが、梨泰院周辺では地下鉄6号線が主なアクセス手段になっていて、そこから少し離れた坂の上には、駅から徒歩20分、25分という場所も存在します。

しかし、不便な反面、若者文化の最先端エリア・梨泰院に隣接するという立地を生かし、都市再生が進んでいる場所もあります。これは普通のガイドブックにはあまり出てこないと思いますが、実際、最新版の『地球の歩き方 ソウル』でも主要な街歩きエリアには入っていません。その代表格が、これから紹介する「解放村 新興市場」です。

まず、梨泰院駅から先ほどの有名なフォトスポットのある広い道路を奥に進んでいくと、斜めに分かれる道に出ます。Google マップで「龍山解放村」というピンを目安に歩くとわかりやすいと思います。

ここから先が解放村の入り口。梨泰院駅からもかなり歩きますが、最寄りの緑莎坪駅(ノクサピョン駅)から向かっても、ずっと坂道を上ることになります。地図の上ではほんの数センチの距離なのに、実際に歩くと、その数センチの中に別の街が折りたたまれているんですね。ソウルという街は、平面の地図だけではなかなか理解できない街です。

進んでいくと上り坂が見えますが、おしゃれなカフェやメキシコ料理屋、通りに面した開放的なイタリアンなど、素敵な店が見えるので楽しめるはずです。ここまでですでに駅から15分ぐらい歩いていると思いますが、まだ迷わず先へ。「解放村 新興市場」を目指します。

途中、歩くことすら心配になるほどの急勾配があるので、ヒールで行くのはおすすめしません。歩きやすい靴で行くか、坂道が苦手な人はバスやタクシーを利用してください。

本当にこの先に目的地があるのか不安になるような急勾配の坂と、住宅地を抜けながら進むこと、数十分。ようやく新興市場の入り口に辿り着きました。

開放村の入口

開放村の入口

入り口は何ヶ所かありますが、どれもあまり目立たないので注意してください。やや怪しい雰囲気こそありますが、このなかに思い切って入ってみると、意外なほどにモダンで開放的な、リノベーションされた飲食店街が広がっています。

楽しい飲食店街。

楽しい飲食店街。

街ゆく人もみんなイケてて、若すぎず、外国人も適度にいて、車もなく、みんな急いでおらず、とにかくとてもピースな空間です。おしゃれな飲食店やカフェがたくさんあります。普通の観光地は、訪れる人に見つけてもらうために、なるべく目立とうとします。でも、この場所は逆で、見つけた人にだけ教えてくれる秘密のようなものがあります。

ここは昔ながらの市場をリノベーションした施設ですが、今のソウルを感じるのにぴったりな空間だと思います。さて、なぜこんな施設ができたんでしょうか。

歴史は終戦の1945年に遡ります。

1945年、日本の植民地支配から解放された朝鮮では、日本や中国など海外からの帰還者、北部から南下してきた人々など、大勢の人がソウルに流れ込んできました。彼らの多くは住む家を持たず、南山の南側、梨泰院や龍山から歩いて行ける場所にある山の斜面に住み着くようになりました。この斜面の土地が空いていたのは、勾配がきついため開発されなかったからです。逆に言えば、とても不便な土地。

こうして成立した斜面の貧しい人々の集落は、いつしか「解放村」と呼ばれるようになりました。まだまだ貧しい時代ですが、「解放村」という名前には、1945年に日本の植民地支配から解放された時代の記憶が刻まれています。人々の暮らしは変わっても、名前だけは当時の記憶を抱え続けているわけです。

朝鮮戦争が休戦を迎えた1953年ごろ、いわゆる闇市のような自然発生的な市が、この場所に生まれました。現在もその名を残す「新興市場」の始まりですね。当初は空き地に人々が品物を持ち寄り、物々交換をするような原始的な市場でしたが、軍事クーデターが起こった1961年以降、セメント造りの建物が建設され、現在の市場の原型が形成されていきました。

さて、70〜80年代、この地ではニット産業が盛んになります。小さなニット工場が集まり、洋服や日用品を取引する場所になります。ところが韓国が豊かになった90年代以降、産業構造の変化や衣料品の海外生産の拡大によって、地元のニット産業は次第に衰退。工場が閉鎖され、市場を訪れる人も減っていきました。

どんどん衰退し、2010年代前半には地元の人さえ近寄りがたいような荒廃した場所になっていました。しかし、日本をさらに上回る速度で変わっていく韓国において、逆にこの地域にはかつてのソウルの姿が残される貴重な場所になっていたのです。新しいものが次々と生まれる街には、古いものが残る場所も必要なのかもしれません。

さて、2014年、空いた店舗に独立系のアートスペースやカフェが開業し始めます。同年にはアーティストが運営する独立系アートスペース「Space Foam」が開設され、翌2015年には「Space One(スペース・ワン)」と改称されました。実は若者に大人気の梨泰院や経理団通り(キョンニダンギル)に距離的に近いこともあり、都市再生の機運が高まっていました。

しかも、この一帯は龍山の米軍基地にも近く、2000年代以降は外国人居住者も増えていました。こうして解放村には、梨泰院と同様、多国籍な飲食文化が根づいていったのです。古い韓国の街並みと多国籍な飲食文化が交わる、独自の雰囲気が形成されていきます。

こうした動きを受け、2015年にはソウル市が解放村を都市再生事業の対象地域に指定。行政による環境整備と、地元商人や新しい世代の活動が重なり、文化と芸術が交差する現在の「解放村 新興市場」へと生まれ変わっていきました。

昔は市場全体が薄暗いスレート屋根で覆われていましたが、都市再生事業によってこれを撤去。2022年には自然光を取り込む大きな半透明の屋根「CLOUD(クラウド)」が完成し、開放的な空間へと生まれ変わりました。この屋根は2024年のソウル市建築賞で大賞を受賞しています。

建物や通路も補修されましたが、面白いのは、昔からの入り組んだ路地の構造を残していること。単純な直線ではなく、さまざまな小路が交差する市場独特の空間が、そのまま現代の飲食店街の魅力になっているのです。

古くて新しい場所

古くて新しい場所

戦争で故郷を追われた人々、生活を支える市場、ニット産業、外国人コミュニティ、そしてアーティストやおしゃれな飲食店。この地は、それぞれの時代によって用途や主人公を変えながら、現代へとバトンをつないできた地域なのです。

何も知らなければ、ただのおしゃれな市場です。でも、この屋根の下に70年分の人々の暮らしが重なっていると知ると、目に入る景色が少し変わってくる。旅先で歴史を知るというのは、たぶんそういうことなんだと思います。

ね、遊びに行ってみたくなったでしょ。最高なんですよ。たとえば、こんなカフェもあります!!

今週のオアシス Orang Orang Cafe(解放村 新興市場/ソウル/韓国)

Oran Oran Cafe 内観

Oran Oran Cafe 内観

さて、そんな「解放村 新興市場」でおすすめしたいカフェはOrang Orang Cafe(オランオラン)。

ソウルは本当にカフェ天国で、東京やパリを超えて世界一カフェが多い都市じゃないかと思うぐらい。この新興市場のなかや、その周辺にも素敵なカフェはたくさんあります。いつもどこを紹介しようか迷うぐらい。でも、新興市場と言えばやはりここ!

Orang Orang CafeのOrangは、マレー語で「人」を意味し、2回繰り返すと「人々」という意味になります。お店のコンセプトは、何よりも人を大切にすること。コーヒーを作る人、飲む人、そしてコーヒーを通じて出会う人々。そんな人と人とのつながりを大切にするカフェなのです。いい名前ですねえ。

ソウルのカフェには、正直見た目重視というか、インスタに投稿する分にはいいけど、実際に入ると落ち着かなかったり、なんかチャラかったりする店も少なくありません。おしゃれすぎて、コーヒーを飲みに来たのか、こちらのセンスを審査されに来たのかわからなくなる店すらあります(笑)。

でも、ここは違います。何よりコーヒーが本当に美味しい! 間接照明を活かした店内は少し暗めですが、それが不思議な落ち着きを生んでいます。華やかさよりも居心地のよさ。この新興市場の古い街並みが持つ包容感を、カフェのなかにも感じることができます。

Google マップのレビューによると、以前は見晴らしのいい屋上テラスに上がれたようですが、最近は利用できないこともあるみたい。ちょっと残念。でも、コーヒーのおいしさはピカイチです。2018年にはソウル郊外の坡州(パジュ)に自前の焙煎所を開設するほど、コーヒーへのこだわりも本格的。

2015年にオープンした、新興市場の再生を牽引してきたカフェのひとつです。新しく生まれ変わった市場のなかでは、すでに老舗と言ってもいい存在ですね。

もともとコーヒーを通じて知り合った3人が、理想のカフェを作ろうと始めたお店です。ソウル中を自転車で走り回って物件を探していたところ、偶然見つけたのがこの新興市場。坂道だらけのソウルで、よくそんなことをやったものです。私はちょっと歩いただけでヒイヒイ言っていたというのに。

当時の市場はすっかり衰退し、人が集まる場所ではありませんでした。それでも3人は、この場所に可能性を見出します。しかも、4年ほど放置されていた古い建物を、なるべくそのまま残してカフェを作ったそうです。

新しいものを加えるより、古いものを生かす。そこにあった時間ごと受け継いでいく。そんな姿勢が、この店の居心地のよさにつながっているのかもしれません。

考えてみれば、街の再生というのは、古いものをすべて新しくすることではないんですよね。古いものに新しい役割を与え、それまでになかった価値を生み出していく。まさにこのカフェが、それを体現しているように思います。

いまではおしゃれな飲食店が集まる新興市場ですが、このカフェは、まだ誰もがこの場所に魅力を見出していたわけではない頃から、ここにあります。きっと、来る日も来る日も、街をみてきたんでしょうね。だから、この市場が再生していく道を、知っているカフェです。

素敵なカフェですよ。ぜひ!

今週楽園で聴きたい音楽 BINI「Bikini」(マニラ/フィリピン)

と言うわけで音楽のコーナー。韓国からフィリピンに飛んで、今週の曲はフィリピンのガールズグループ、BINI(ビニ)のBIKINI(ビキニ)。

日本はすっかり寒くなってしまいましたが、フィリピンはまだ常夏で、日中の気温は30度前後。ということで、暑い夏とビキニをイメージしながらテンション上げていきましょう。曲も英語だからとっつきやすいよ!

フィリピンは今、最もK-POPの影響を受けている国の一つで、この曲もK-POPかな? と思わせてくれるノリの良さがあります。本人たちは韓国のRed Velvetなどへの憧れも語っていますが、いまやRed Velvetより勢いがあるグループに成長しました。

BINIはABS-CBNというフィリピン大手放送局のボーイズ&ガールズグループ育成プロジェクト「Star Hunt Academy」で登場し注目を集めた女性グループ。刺激的なダンスが売りですが、ビルボードのフィリピン音楽チャートで1位を獲得、Spotifyのフィリピン国内デイリー・アーティストランキングでも1位を獲得。ナイキやコカ・コーラのアンバサダーも経験し、米国で最もイケてる音楽フェス(著者調べ)、コーチェラにも出演。いわば、フィリピンの国民的グループです。そこのおじさん、エロい目で見てもいいけどスーパーグループなので尊敬の念を忘れないようにね。

まず、フィリピンのアイドルとして国民性が出てると思うのが、動画の出し方。この曲は公式のMVがなく、代わりにこのような「動くダンス練習用の動画」を出しています。さらに「ダンス練習用の動画(固定カメラ版)」のほかに、「ライブ動画」「リリックビデオ」も出しています。「カラオケで歌ってほしい」「ダンスを踊って動画でシェアしてほしい」という、視聴者への教材とも言えるようなものになっています。確かにリリックビデオなんかは、勝手にファンが作るケースも多いですが、公式のものと非公式のものを見分けられて、ファンもそちらを使いやすいですしね。ファンが何を求めているかを知っているようです。

そして歌詞ですが、「ビキニを着て出かけよう」と言っていますが、歌詞から想像するに日本人のようにビーチで着替えるわけでなく、家からビキニを下に着て出かけるイメージだと思います。この辺の開放的な雰囲気もフィリピンならでは。フィリピンでは男女ともにアイドルグループがかなり盛り上がっていて(ボーイズならSB19とか)彼ら、彼女らが日本でKグループ並に人気が出る未来は十分に感じられるので、今のうちチェックしておきましょう!

今週楽園に行けない人のために 『82年生まれ、キム・ジヨン』(ソウル/韓国)

さあ、映画のコーナー。今週は韓国より、小説も有名な、『82年生まれ、キム・ジヨン』です。きっと映画のタイトルぐらいは聞いたことあるんじゃないでしょうか。小説はこれ(Amazon)

キム・ジヨンは、韓国で最もありふれた女性名です。役所の記入例にあるような。そうですね、日本なら「山田花子」みたいなね。そんな彼女は、家父長制が色濃く残る韓国社会で、家族と仕事の両立、子育てと仕事の両立に苦しみます。そしてある日、精神的に追い詰められ、“もう一人の人格(母や祖母など)”が憑依するまで追い込まれます。

息子の生活を何より優先し、嫁であるジヨンへの配慮を欠く夫の母は、現在の価値観で言えばモラルが足りないように思えますが、日本でも韓国でも、身近にいそうな人物として描かれています。あとは敏腕女性部下をなじる会社の上司がかなりデリカシーが欠如しているように思えますが、これは現代ではなく、過去のシーンです。職場の同僚の陰口が聞こえるシーンはありますが、これはわざと聞こえるように話したとは思えません。

要するに、日本人の私の目には、彼女が特別に周囲の人間に恵まれていないとは映りませんでした。なのにどうして、ジヨンは追い込まれていってしまいます。つまり、誰かが特別に悪意を持っているわけではないのに、彼女は追い込まれていってしまいます。これが彼女の生きづらさの本質であり、監督が言いたかったことでしょう。ここにあるのは、構造の問題です。監督としては、個人のモラルの問題ではなく、社会全体の問題として描くべく、このような人物を周囲に配置したのでしょう。

私は男性なので、男性読者に向かって言いますが、ぜひジヨンになった気分で本作をご覧ください。きっと、女性(特に仕事と家庭を両立させようとする女性)の生きづらさを体感できるいい教材になっていると思います。特に夫は、優しそうに見えるし、実際に彼は平均的な男性より優しいと思う。しかしそんな夫でさえ、彼女の苦しみを十分には理解できていない。

また、この映画がうまいと思うのは、もっと苛烈な時代に生まれ、夢を叶えられなかったジヨンの母を置くことで、『これは過去の話で、今はもっと男女は平等になっている』という主に男性からの反論に対し、母の世代から状況は改善していても、問題はまだ解決していないと伝えていることです。

私はあるシーンで、一緒にこの映画を見ていた女性に対し、「このことはXXXに言わず夫婦の問題としていったん秘密にしておいたほうがいいんじゃない?」とつぶやいたところ、大いに共感されて、株を上げました。誰かと一緒に観るときは、何気なく漏らすひと言に、自分が普段、誰の立場から物事を見ているかが出てしまうので、ご注意を。男性諸君、自分の社会性や倫理観も問われています。健闘を祈る。女性は、ハンカチの用意を。

おわりに 

船長「航海って暇だな。Netflixで、ちょっとマニアックな面白い番組ない?」
AI助手「『今ドキ! インド婚活事情』はいかがでしょう」
船長「どんな話?」
AI助手「凄腕仲人がインド系男女の結婚相手を探します。家柄や職業、親の希望まで絡む」
船長「おお、文化人類学だね。ほかは?」
AI助手「『ラブ・ネバー・ライズ POLAND』」
船長「ポーランド? どんな内容?」
AI助手「6組のカップルがウソ発見装置で本音を試されるリアリティ番組です」
船長「人間の本音と建前か。面白そう! 次は?」
AI助手「『レイター・デイターズ ~遅めの恋のはじめかた~』」
船長「これは?」
AI助手「熟年の独身男女が、新しい出会いに挑戦するドキュメンタリーです」
船長「君、さっきから恋リアばっかりじゃないか!」
AI助手「はい。インド、ポーランド、アメリカと国際色豊かに揃えました」
船長「そんなに俺が恋リア好きそうに見えるか?」
AI助手「なんか最近恋愛がご無沙汰そうなので」
船長「やかましいよ。その性格は誰に似たんだまったく」
AI助手「さあ、だれでしょう」
船長「もっと俺に合った作品をおすすめしてよ!」
AI助手「承知しました。では『海の上のピアニスト』『さすらいの航海』『タイタニック』ですね」
船長「船長だからか! 安直なんだよ君は! しかも最後沈んじゃってるし!」

(つづく)

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